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東芝ワイドワイドサンデー
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東芝ワイドワイドサンデー(とうしばワイドワイドサンデー)は、ニッポン放送のラジオ番組。1970年3月15日から1972年6月25日に放送した。東京芝浦電気(現・東芝)の一社提供。
概要
毎週日曜日12:30~17:00まで、4時間30分 生放送していた生ワイド番組。
銀座の西銀座デパート内にあった西銀座サテライトスタジオ(当時)からリクエスト、クイズ、レポート、電話トーク コーナーなど様々な企画を盛り込んで放送した。不定期で特別企画(下述)を放送。プロ野球、全国高等学校野球選手権大会、選抜高等学校野球大会、マラソン大会などの各中継をも随時 行った。
坂本九をパーソナリティとして起用する際は所属のマナセプロダクションに「毎週10時にスタジオ入りしてと伝えて欲しい」と問い合わせたが「契約は12時からになっているので、30分前に(ニッポン放送に)入ればいいのではないか」と返されて譲らず、最後には制作部長が中に入って、ディレクターを務めた上野修に「君も出演者として スタジオに入って、随時 打ち合わせしながら放送して行ったらいいのではないか」と提案して、上野が坂本の共演者として出演した[1]。
当番組が放送開始される約4か月前から、ABCラジオは同タイトルで同時間帯に放送した番組『東芝ワイドワイドサンデー〜あなたとつくる365分〜』が同時期(1969年11月9日~1972年9月24日)に放送した。
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パーソナリティ
- 1970年3月15日~1970年8月30日
- 世志凡太
- 川口まさみ(ビーバー)
- 押阪忍
- 横山瑛子(ニッポン放送アナウンサー(当時))
- 1970年9月6日~1971年1月31日
- 黒澤久雄
- 菊池貞武(ニッポン放送アナウンサー(当時))
- 1971年2月7日~1972年6月25日
主なコーナー
- 1970年
- マラソン電話リクエスト
- 街角ジョッキー
- 銀座ワイ・ワイクイズ
- 心理テスト コーナー
- ワイワイ草野球実況中継
- 赤ズキン捜し大作戦
- オークション電話リクエスト
- キーワード電話リクエスト
- 山手線ルーレット電話リクエスト
- 銀座ワイ・ワイ・ビレッジ
- 1971年
- 九ちゃんと話そう 何でも電話
- (テーマに沿ったコメントを募集していたコーナー)
- ショップ・ジャック
- 高砂やレポート
- (結婚式場を一つ選び、その会場からレポート)
- テレフォン アンケート
- 電話ティーチイン
- オールニッポン電話リクエスト選手権
- ワイワイ三角くじ
- お名前総点検
- ワイワイ フォーク
- 九ちゃんが選んだベスト20
- おめでとう九ちゃん
- 子どもショー みんなで歌おう 子どものど自慢
- アマチュアのど自慢
- 沖縄ホットライン
- サッポロ・ホットライン
- 1972年
- 銭ゲバクイズ
- 君の名は
- 他
この他に「競馬中継」「ラジオカー情報」「セスナ情報」「ハイウェイ情報」「タウンレポート」などを随時放送。
- (出典:[2])
特別企画
- 万歩大行進 実況中継(日本橋~荒川土手間、1970年4月19日)
- 春うららフィッシング スクール(1970年4月26日)
- ウォータースライダーコンテスト、タグボート コンテスト(1970年7月5日)
- 津久井浜シーサイド スタジオ(1970年7月12日~7月26日)
- 富士・志摩・銀座 三元中継(1970年8月2日)
- '70合歓ポピュラーフェスティバル中継(1970年11月8日)
- 東京国際歌謡音楽祭中継(1970年11月22日)
- フォークソング出初式(1971年1月3日)
- 人気マンガ'71大行進(1971年1月10日)
- 糸居五郎 50時間マラソン ジョッキー(1971年1月17日)
- サヨナラ・タイガース ショー(1971年1月24日)
- 羽田空港から生放送(1971年1月30日)
- こんにちは沖縄 沖縄 - 鹿児島 - 東京 三元生放送(1971年7月18日)
- 合歓ポピュラー祭中継(1971年10月3日)
- 特集・多元中継 明日かえる沖縄(1972年5月14日)
- (出典:[2]
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脚注
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