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松平宗弥
日本の江戸時代中期の武士 ウィキペディアから
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松平 宗弥(まつだいら むねみつ)は、江戸時代中期の常陸国笠間藩、のち遠江国浜松藩の世嗣。官位は従五位下・日向守、美作守、主税頭。
略歴
笠間藩2代藩主(のち浜松藩初代藩主)・松平資俊の次男として誕生。母は佐野勝由の娘。正室は松平定重の娘。
資俊の嫡男として育ち、元禄12年(1699年)徳川綱吉に御目見する。翌元禄13年(1700年)叙任し、宝永2年(1705年)には父と共に松平姓を賜る。しかし、家督相続前の正徳元年(1711年)に27歳で早世した。死去した時、長男・資順はまだ生まれておらず、弟はいずれも早世または他家に養子に出ていたため、母方の叔父である資訓が養子に迎えられ、代わって嫡子となった。
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