トップQs
タイムライン
チャット
視点

柿本市守

ウィキペディアから

Remove ads

柿本 市守(かきのもと の いちもり)は、奈良時代貴族従四位下柿本猨の孫で、従五位下・柿本建石の子とする系図がある。官位は従五位上・主計頭

概要 凡例柿本市守, 時代 ...

経歴

聖武朝末の天平20年(748年従五位下叙爵し、翌天平感宝元年(749年丹後守に任ぜられると、孝謙朝末の天平勝宝9歳(757年安芸守と聖武朝から孝謙朝にかけて地方官を歴任する。

淳仁朝天平宝字5年(761年)主計頭として京官に遷り、天平宝字8年(764年)従五位上に至る。

官歴

続日本紀』による。

系譜

  • 父:柿本建石(柿本佐留の子)[1]
  • 母:不詳
  • 生母不明の子女
    • 男子:柿本良道[1]
    • 男子:柿本世常[1]
    • 男子:柿本列世[1]

脚注

参考文献

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads