トップQs
タイムライン
チャット
視点
栃木プロレス
日本のプロレス団体 ウィキペディアから
Remove ads
栃木プロレス(とちぎプロレス)は、カミウトラストホールディングス株式会社が運営するプロレスプロモーション[1]。
Remove ads
概要
2014年からオリオンスクエアで開催しているプロレスイベント「ファイティング・ビアガーデン」の発起人である臼井伸太郎が新型コロナウイルス感染症の収束後、栃木をプロレスで元気づけようと地域密着型プロレス団体の設立を目指して親友で「ファイティングビアガーデン」に参戦しているプロレスリングZERO1の大谷晋二郎に協力を要請。ZERO1としても当時の親会社のダイコーホールディングスがプロレス団体の垣根を超えた企画の一環で「地方にプロレス団体を造る」などの構想が有り、臼井が新たに設立したカミウトラストホールディングスが運営する栃木プロレスを設立して旗揚げ時は大谷、ZERO1の若手選手を所属選手としていた[2]。
栃木プロレスは「栃木で8番目のプロチーム」を自称しておりSNSやラジオCM等で使用している。
既存7チームは栃木SC、栃木シティFC、宇都宮ブレックス、宇都宮ブリッツェン、那須ブラーゼン、栃木ゴールデンブレーブス、H.C.栃木日光アイスバックスである[3]。
2025年2月、プロレス団体のような活動が主体となっていたが、原点に戻り、今後はプロレスプロモーションとし、選手には大会ごとにオファーすると公表、所属選手と契約変更した[1]。
Remove ads
理念
協力者の大谷晋二郎による思いを理念としている。
歴史
- 6月3日、プロレスリングZERO1の大谷晋二郎による協力の下で臼井伸太郎がプロレス団体として設立。
- 6月15日、オリオンスクエアで大谷が設立記者会見を行った[5]。また、ZERO1所属選手による特別試合が行われた[6]。
- 6月、ZERO1の合宿所が川崎から宇都宮に移転してZERO1の若手選手も移住した[6]。
- 8月25日から8月27日、オリオンスクエアで旗揚げ3連戦を開催[6]。
- 6月12日、学校法人船田教育会との連携と協力に関する協定を締結[9]。
- 6月18日、カンセキスタジアムとちぎで開催された栃木SCの試合開始前に駐車場でリング体験、プロレス教室、試合などを行った[10][11]。
- 8月6日、ふるさと宮まつりでパレードしつつ試合をするパフォーマンスを行った[12]。
- 1月1日、初の後楽園ホール大会を開催。ZERO1名義による興行だが試合開始前に臼井が事実上の栃木プロレス主催による興行であることを示唆した挨拶を行った[13]。
- 2月2日、大田原市立湯津上中学校の立志式で北村彰基らが講演と試合を行った[14]。
- 2月18日、不動力也が副社長に就任[15]。
- 3月3日、後楽園ホールで栃木プロレス主催「ZERO1旗揚げ23周年記念大会」を開催[16]。また、星野良が膝を負傷して長期欠場となる[17]。
- 12月12日、オリオンスクエア大会の際、北村彰基が右膝を負傷し前十字靭帯損傷と診断され長期欠場濃厚となる[18]。
- 12月27日、ZERO1との契約満了により、親会社のダイコーホールディングスから新たな親会社となるスタジオバックドロップが運営するため、ZERO1とは別団体になることを発表[19]。
タイトルホルダー
主要参戦選手
スタッフ
レフェリー
リングアナウンサー
歴代所属選手
所属選手にはライセンスナンバーが付与されている[23]。
歴代スタッフ
- レフェリー 笹崎勝己(プロレスリングZERO1)
試合中継
- 放送中の番組
- 栃木プロレスだョ全員集合!!(とちぎテレビ)
関連番組
- 放送中の番組
- 週刊"栃木"プロレス(栃木放送)
- 終了した番組
- 栃木プロレスLIVE(コミュニティFMミヤラジ)(2023年4月から2024年6月まで月2回放送)
脚注
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads