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樫出三郎

日本のプロ野球選手 (1947-) ウィキペディアから

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樫出 三郎(かしで さぶろう、1947年4月10日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手投手)。

概要 基本情報, 国籍 ...

来歴・人物

東農大二高では、小林邦彦(東農大三高監督)、金子和夫(日本通運)と投の三本柱を組み活躍。1964年秋季関東大会決勝ではエース堀内恒夫を擁する甲府商を小林との継投で零封、翌1965年春の選抜への出場を決める。選抜では1回戦で小林が岐阜短大付淵上澄雄と投げ合い完封勝利。2回戦では先発し、3人の継投で大谷高に9回逆転サヨナラ勝ち。準々決勝に進むが市和歌山商の岡本喜平(住友金属)に完封を喫する[1]。市和歌山商には後にプロで同僚となる藤田平がいた。同年夏は北関東大会決勝で鹿沼農商斎藤芳明に抑えられ敗退、甲子園出場を逸する。

法政大学に進学。しかし東京六大学野球リーグでは、同期の山中正竹江本孟紀の陰にかくれ、4年間で1度もリーグ戦のマウンドを踏めなかった。大学卒業後は、社会人野球デュプロ印刷機に入団。下手投げからの落ちるシュートを武器に腕をあげた。産業別対抗では初戦で日本通運浦和を相手に延長10回を投げるが、本塁打による1点で敗戦。

法政大学の先輩である田淵幸一の誘いで、阪神タイガースの入団テストを受け合格し、1970年オフにドラフト外で入団。しかし、わずか1年間で現役を引退した。引退後も兵庫県内に留まって事業をしていた。

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詳細情報

年度別投手成績

  • 一軍公式戦出場なし

背番号

  • 45 (1971年)

脚注

関連項目

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