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欅 (松型駆逐艦)
松型駆逐艦 ウィキペディアから
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欅(けやき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。松型(丁型)駆逐隊の18番艦である。日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦「楢型」5番艦「欅」)。丁型一等駆逐艦第5508号艦として横須賀海軍工廠で建造された。
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艦歴
竣工後、「欅」は訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将)に編入。瀬戸内海に回航され訓練に従事する。3月1日付で同型鑑の「楢」とともに第一海上護衛隊の指揮下に入り[4]、3月4日に門司を出発予定のヒ99船団の護衛に就く予定だったが[5]、戦況の悪化により南方行き船団の運行は取り止められた。
3月15日付で新編成の第五十三駆逐隊に編入され[6]、3月17日から3月26日の間は佐世保鎮守府部隊の指揮下に入った[7]。4月6日以降、第五十三駆逐隊は第三十一戦隊(鶴岡信道少将・海兵43期)の指揮を受ける[8]。5月25日からは大阪警備府部隊の指揮下に移り[9]、神戸に回航された[10]。
7月15日、第十一水雷戦隊の解隊により第五十三駆逐隊も解隊され、特殊警備艦となった[11]。8月15日の終戦を無傷で迎えた。
終戦後
10月5日、除籍。特別輸送艦となり復員輸送に従事する。1946年(昭和21年)10月17日には、小笠原諸島に帰島する欧米系島民129名を父島まで輸送した[12]。1947年(昭和22年)7月5日にアメリカへ賠償艦として横須賀港で引き渡され[1]、10月29日に北緯34度44分 東経140度01分の地点で標的艦として処分された[13]。
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歴代艦長
※『艦長たちの軍艦史』368-369頁による。
艤装員長
- 余田四郎 少佐:1944年11月15日 -
駆逐艦長
- 余田四郎 少佐:1944年12月15日 -
脚注
参考文献
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