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津雲博子
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津雲 博子(つくも ひろこ、現姓:吉川、1970年〈昭和45年〉9月11日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。
来歴
広島県広島市安佐南区出身。小学校からバレーボールを始め、広島商業高校2年生の時国体出場。1989年クラボウに入社。しかしチームは廃部となり、カネボウへ移籍も再びチーム解散。
1993年、NECレッドロケッツに入団しライト・レフトプレイヤーとしてプレー。キャプテンも務めた。1997年、全日本代表初選出。同年ワールドグランドチャンピオンズカップで新設(試験採用、翌年正式採用)された、全日本リベロ第1号となる[1]。
1998年世界選手権、1999年ワールドカップなどで活躍。ワールドカップでは、ベストサーブレシーバーとベストレシーバーの個人タイトルを獲得し、世界No.1リベロと称された[2]。2000年シドニーオリンピックは予選で敗退し、オリンピック出場はならなかった。
NECでは、Vリーグ(プレミアリーグ)1996年、1999年、2002年と3度の優勝に貢献した。
2002年、前全日本女子監督(前・NEC監督)の吉川正博と結婚。2004年、現役引退。現在は社業の傍ら、春高バレーコーチングキャラバンなどで、後進の指導に当たっている。2児の母であり、息子は仙台育英学園高等学校野球部で2025年の『第107回全国高等学校野球選手権大会』に出場している[3]。
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所属チーム
- 広島商業高等学校
- クラボウ(1989-1991年)
- カネボウ(1991-1992年)
- NECレッドロケッツ(1992-2004年)
球歴
受賞歴
脚注
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