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石井省一郎
日本の小倉藩士、内務官僚、政治家 ウィキペディアから
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石井 省一郎(いしい しょういちろう、1842年2月8日(天保12年12月28日) - 1930年(昭和5年)10月20日)は、幕末の小倉藩士、明治期の内務官僚、政治家。官選県知事、貴族院勅選議員。錦鶏間祗候[1]。
経歴
豊前国企救郡(現・福岡県北九州市)において小倉藩士の家に生まれる。第二次長州征討において長州藩との停戦に尽力した。
明治2年(1869年)、明治政府に出仕し民部官書記となる。以後、民部兼大蔵大録、監督大佑、庶務大佑、土木権正、土木権頭、内務権大書記官などを歴任し、1877年、初代の内務省土木局長に就任。「土木の石井」と称された[2]。その後、西南戦争時に熊本県権令心得として務めた。
1884年2月に岩手県令に就任。以後、岩手県知事、茨城県知事を歴任。1896年1月16日、錦鶏間祗候を仰せ付けられた[3]。1897年12月23日、貴族院勅選議員に任じられ[4]、同和会に属し死去するまで在任した。墓所は青山霊園。
栄典・授章・授賞
- 位階
- 勲章等
脚注
参考文献
関連項目
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