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石製模造品
日本列島の古墳時代にみられる、軟質石材の小型石製品。 ウィキペディアから
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[[ファイル:剣崎天神山古墳出土 石製模造品.JPG|thumb|250px|right|{{center|群馬県高崎市の剣崎天神山古墳出土石製模造品(群馬県指定重要文化財)。群馬県立歴史博物館所蔵。]]
石製模造品(せきせいもぞうひん)は、日本列島の古墳時代前期から中期に見られる、実物の器物を模して造った小型石製品(ミニチュア品、仮器)の1種。鏡や武器・武具(刀剣・甲冑・盾)、船、農具、工具(刀子・斧・機織具)などを模したものがあり、各地の古墳のほか祭祀遺跡から出土する。古くは石製模造器具(せきせいもぞうきぐ)とも言った。祭祀に関わる遺物であるため「石製祭具 複合(せきせいさいぐ ふくごう)」と呼ぶ研究者もおり[1]、また多くが滑石製であることから滑石製品(かっせきせいひん)と呼ぶ傾向もある[2]。
概要
[[ファイル:鏡山古墳 (京都市) 出土品.JPG|thumb|250px|right|{{center|京都府京都市の鏡山古墳出土石製模造品。東京国立博物館所蔵。]] 古墳時代前期後半(4世紀半ば)以降に出現する、実際の器物を粗略に表現した軟質石材の石製品群を「石製模造品」と定義する事が多く、4世紀に出現する車輪石や鍬形石などの、酸化凝灰岩や碧玉を用いて精巧に造られた石製品群(前期古墳の副葬品に見られる)とは区別される。軟質で加工しやすい岩石を研磨して製作されており、滑石を使用したものが多いため滑石製模造品と呼ばれることも多いが、蝋石や蛇紋岩(蛇紋石)製のものも存在する[3]。
古墳の副葬品のほか、川べりや岩陰などに所在する祭祀遺跡から出土する事が多く、祭祀に関わる遺物であると考えられている。川辺りの遺跡からの出土するものは、孔[注釈 1]を開けているものが多いことから、紐を通して樹木などに吊り下げて使用していたと考えられている[3][4]。
石製模造品と同じく実用の器物を模したものとしては、土製のものや金属器のものも存在し、土製模造品や金属製模造品と呼ばれる[5]。
学史において、これらを最初に報告したのは大野延太郎である。大野は1900年(明治33年)に『東京人類学会雑誌』169号誌上で、初めて「石製模造品」の名称を用いた[6][5]。
この後、高橋健自が、模造された器物によって27種に分類した。この後、大場磐雄や小林行雄らによる研究が知られる[2]。
古墳に副葬されるものと、集落または集落近くの川辺り(遺跡としては旧河道として検出される)で出土するものとでは、模造された器物の構成に違いが見られる。古墳副葬品の場合、剣や盾などの武器武具のほか、刀子や斧・鎌などの農工具、鏡・櫛など、生活に関わる器物が見られる。これらは古墳に葬られた被葬者(首長)の政治的な性格を表すものと考えられている。これに対し集落遺跡から出土するものは、剣(剣形石製品)・鏡(有孔円板)等が多く、水辺における祭祀に使われたと考えられている[3]。
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類例
- 武器・武具
- 農具
- 工具
- 服飾具
- 厨膳具
- 臼(うす)・杵(きね)・案(つくえ)・槽(ふね)・坩(かん)・坏(つき)・盤(さら)
- 機織具
- その他
- 船
これらの分類法や名称の設定には、研究者ごとの分析視点や基準により異同があり、剣(剣形)や鏡(有孔円板)および玉類(臼玉など)を「石製祭祀遺物」として石製模造品とは別種とする意見もある[7]。また他の石製品群との区別が明瞭なものや、そうではないものもあり、見解が別れている。このため、滑石を用いたものに限った上での総称として「滑石製品」と呼ぶ事も行われている[8]。
脚注
参考文献
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