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福田新田村
日本の岡山県児島郡にあった村 ウィキペディアから
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福田新田村(ふくだしんでんそん)は岡山県児島郡にあった自治体である。現在の倉敷市のうち、水島地域(福田地区)の北畝・中畝・南畝・東塚・松江に当たる。
歴史
- 1848年(嘉永元年) - 岡山藩が野崎武左衛門らに命じて、福田新開の開発を命じる。
- 1851年(嘉永4年) - 福田新開が完成(のちに東塚・松江・北畝・中畝・南畝の五ヵ村に分立)[2]。
- 1875年(明治8年)- 松江と呼松村が合併して王島村を成立。呼松村の大島(王島)が干拓により松江と地続きとなり飛び地化したことによる[3]。
- 1875年(明治8年) - 五ヵ村が東塚村・松江村・北畝村・中畝村・南畝村に改称。
- 1879年(明治12年)- 松江村と呼松村が分村。ただし大島(王島)は松江村に編入[3]。
- 1884年(明治17年)8月25日 - 台風による暴風雨と高潮により堤防が決壊し546名が死亡[4]。特に福田新開の五ヵ村の被害が甚だしかったことから合併を促進[1]。
- 1885年(明治18年)4月 - 東塚・中畝・対馬の3校を合併し、遷喬小学校を東塚村に設置[5][6]。
- 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、北畝村・東塚村・中畝村・南畝村・松江村が合併して福田新田村発足。旧村名を継承した5大字を編成[1]。
- 1904年(明治37年)4月1日 - 福田村(初代)・呼松村と合併し、新たに福田村(2代)発足。同日福田新田村廃止。
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教育
- 第一福田尋常小学校(現・倉敷市立第一福田小学校)[6]
脚注
関連項目
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