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第二利根川船

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第二利根川船(だいにとねがわせん)[1]は、日本海軍の運輸船[2]。 艦名は利根川から採る[2]

概要 第二利根川船, 基本情報 ...
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艦型

木造外輪船第一利根川船の姉妹船であるが、 船体主要寸法が若干違う。 『横須賀海軍船廠史』の利根川丸の艦型図によるとマストは装備していないが、 マスト1本[7]、 または2本の記録がある[8]。 機関は第一利根川丸と同じになる。 主機は斜置2気筒機械で、気筒の直径は53cm、行程は485mm[6]。 ボイラーは汽車1基を装備し[6]、 蒸気圧力は5kg/cm2だった[5]

要目表の値は『横須賀海軍船廠史』[5]、機関は『帝国海軍機関史』[6]等によった。 その他の文献による要目は以下の通り。

  • 『記録材料・海軍省報告書』:長さ1319996(40.000m)[8]、幅18尺5(5.606m)、深さ6尺9寸3(2.100m)、吃水3尺2(0.970m)、排水量109.25英トン[7]
  • 『帝国海軍機関史』:長さ40m(215尺72)、幅5.61m(3間4寸7分8)、吃水前後共91cm(3尺6分2厘)。(『艦船総表及経歴書』による)[6]
    • または排水量109.3英トン、長さ133 ft 3 in (40.61 m)、幅16 ft 6 in (5.03 m)(『廃艦機関沿革』による)[6]
  • 『近世帝国海軍史要』:排水量109英トン[9]
  • 『日本近世造船史 明治時代』:トン数109トン、長さ132 ft (40.23 m)、幅16 ft (4.88 m)、30馬力[10]
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艦歴

明治4年工部省計画により横須賀造船所で建造された[1]。 『横須賀海軍船廠史』によると1874年(明治7年)9月25日に竣工し、提督府附属とされた[4]。 『日本近世造船史 明治時代』によると1874年(明治7年)12月に竣工した[10]

1875年(明治8年)8月5日、第二利根川船提督府所轄とされ[11]、 9月25日に艦籍に編入された[1]。 10月27日、第二利根丸 (第二利根川丸[12]) と改称[13]、 11月17日練習船に定められた[1]

1878年(明治11年)4月12日、東海鎮守府所轄の第二利根丸は練習船に指定された[14][15]

1880年(明治13年)1月20日繋泊練習船と定められたが[1][16]、 翌1881年(明治14年)10月10日に除籍[1]東京府の上田元善に12,540円で払い下げられ、同日引き渡された[1][17]

脚注

参考文献

関連項目

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