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織田信康
戦国武将 ウィキペディアから
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織田 信康(おだ のぶやす)は、戦国時代の武将。犬山城築城主。
生涯
尾張国の織田弾正忠家(勝幡織田氏)の当主・織田信定の子として誕生。
天文2年(1533年)7月11日、兄・信秀が主家筋の織田大和守家(清洲織田氏)織田達勝と争った際、和平成立後、兄・信秀の代理として清洲城に出向いた[1]。また、天文6年(1537年)には犬山城に入城し、織田伊勢守家(岩倉織田氏)の織田信安の後見役も務めたとされる。兄・信秀に従い、今川氏との小豆坂の戦いなどで戦功を挙げる[2]など、政戦両面で活躍した。
天文13年(1544年)、斎藤道三との戦いに従軍し、美濃稲葉山城攻め(加納口の戦い)にて戦死[3]。没年については天文16年(1547年)ともされる。子・信清は信秀や信長に対して反抗的であったため、犬山織田家は織田弾正忠家の敵対勢力の1つとなった。
系譜
脚注
関連項目
登場する作品
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