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記録長官

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記録長官
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記録長官[4](きろくちょうかん、Master of the Rolls、正式名称:Keeper or Master of the Rolls and Records of the Chancery of England)は、イングランドおよびウェールズ控訴院民事部の主席、および民事司法評議会英語版の議長。イングランドおよびウェールズにおける裁判官として、首席裁判官英語版に次ぐ序列2位である[5]

概要 イングランドおよびウェールズ 記録長官, 呼称 ...

現職は2021年1月11日に就任したサー・ジェフェリー・ヴォス英語版である[6]

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解説

要約
視点

起源

記録長官は遅くともエドワード1世の治世中の1286年までには設立された役職であるが、それ以前にも存在した役職ともいわれている[7][8]

記録長官は大法官府裁判所英語版の記録(原語はRolls、すなわち「巻物」である)を管理する書記として始まり、大法官府記録管理人(Keeper of the Rolls of Chancery)として知られていた[9]。大法官府には複数人の書記がおり、そのうち首席にあたる人物が記録長官だったため、国璽尚書を代行することもあった[10]

記録に関する職務

元ユダヤ教徒改宗教会英語版ロンドンウェストミンスターの間に広大な地所を所有していたが、1290年にイングランドからユダヤ人が追放されると、記録長官は元ユダヤ教徒改宗教会の監事(warden)を兼任することになり、建物自体もロールズ・オフィス(Rolls Office、記録事務所)またはロールズ・チャペル(Rolls Chapel、記録礼拝堂)として知られるようになった[11]。多くの事務がこの地所で行われるようになったため、法曹界が周辺に集まって法曹院が成立したほか、ロールズ・エステート(Rolls Estate、記録地所)自体も実質的に法曹院の1つとされた[11]。事務所のほか、ロールズ・オフィスには法的文書の保管所としての一面もあり、1838年には文書の範囲が大法官府から政府全体に拡大し、パブリック・レコード・オフィス英語版へと発展した[11]。この兼任は20世紀まで続き、1958年公文書法英語版によりパブリック・レコード・オフィスに関する職務が大法官に移された[11]。同様の理由により、記録長官は英国記録協会英語版(1932年設立[12])会長を兼任し、これは1958年公文書法が成立した後、21世紀初の時点でも続いた[13]

かつては事務弁護士の登録も職務の一部だったが[14]、2024年現在では事務弁護士規制委員会英語版に移行している[15]

裁判官としての職務

大法官府裁判所の整備とともに記録長官にも裁判官としての職務が加わった。その起源は不明であるものの、1433年までには大法官の不在中にその裁判官としての職務を代行する事例がみられるようになった[11]。また1520年には記録長官の司法に関する職務への言及がみられた[16]。16世紀にはトマス・クロムウェル(在任:1534–1540年)といった、大法官の職務を一度も代行せず、記録長官を法律への知識がなくても務められる閑職として扱う人物も存在したが、17世紀以降は裁判官としての地位が高まり、1623年より大法官の副官としての地位が確立され、1729年に記録長官が正式に大法官府裁判所の裁判官の1人になった[11]。それでも大法官より下位とされたが、1833年にはそれも解消され、19世紀半ばには実質的に大法官府裁判所の首席裁判官になっていた[11]

1873年裁判所法英語版により裁判制度が改革され、大法官府裁判所がほかの裁判所とともに高等法院に統合されると、記録長官は高等法院大法官府部と控訴院に所属するようになったが[8]、1881年裁判所法により大法官府部から離れ、控訴院に専念するようになった[17]。記録長官は現代でも控訴院の裁判官の1人であり、控訴院民事部の部長を兼任する[18]

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ギャラリー

出典

参考文献

関連項目

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