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近野理智男
日本のプロ雀士 ウィキペディアから
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近野 理智男(ちかの りちお[1]、本名同じ、1974年[2]8月12日 - )は、フリーのプロ雀士である[3]。
人物
経歴
1997年、講談社『ヤングマガジン増刊エグザクタ』に片山まさゆきが連載していた『夢リーチファイター素人伝説』の企画として、アイアン・カップという特別麻雀大会が開催されることになった。その時に「名前が面白いから」という理由でアイアン・カップの選手として選ばれ優勝。それがきっかけとなり、関西で競技麻雀を行うプロたちから声をかけられ、1999年に日本プロ麻雀連盟の第16期プロとして大阪船場支部(現在の関西本部)に所属することになった。後に、アイアン・カップで自分の対局の採譜を行っていたプロ雀士が麻将連合-u-に所属する小林剛プロだと知る。
2012年、関西のトーナメント戦「竹城位」で優勝(その後、竹城位は関西覇皇トーナメントとして新たなスタートを切る)。
同年、第9期の太閤位決定戦に進出するも3位という結果で終わる。
2014年、日本プロ麻雀連盟を退会[4] し、フリープロとして関西中心の麻雀界の活性化に貢献。
2017年7月、豊中の健康マージャンという雀荘のオーナーになる。
2018年4月、大阪麻雀連合会の広報部長に就任する。
人物像
滑舌があまり良くないことと、早口であることが重なり、何を喋っているのか分かってもらえないことが多い。対面で100点が取れても、電話越しでは60点まで下がるため、会話する際はリスニングの力がかなり必要。
三色同順が好きすぎて、レポートを書くと三色同順の牌姿ばかりになる。
妻が好きすぎて、妻の発言を細かくメモしては ブログ に公開している。
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獲得タイトル
脚注
外部リンク
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