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AB5型毒素
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AB5型毒素(AB5がたどくそ)またはAB5型トキシン(英: AB5 toxin)は、コレラ、赤痢、溶血性尿毒症症候群などの原因となる特定種の病原性細菌によって分泌されるタンパク質複合体であり、6つの構成要素からなる。構成要素の1つはAサブユニット、残りの5つの構成要素はBサブユニットである。これらの毒素は全て共通した構造と標的宿主細胞への進入機構を有する。Bサブユニットは宿主細胞の受容体への結合を担い、Aサブユニットが細胞内へ進入するための経路を開く。その後、Aサブユニットは自身の触媒装置を用いて宿主細胞の正常な機能を乗っ取る[1][2]。
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ファミリー
要約
視点



AB5型毒素には4つの主要なファミリーが存在する。これらのファミリーはAサブユニット(触媒サブユニットの)配列と触媒活性によって特徴づけられている[4]。
コレラ毒素
→詳細は「コレラ毒素」および「易熱性エンテロトキシンファミリー」を参照
このファミリーはCtまたはCtxとしても知られており、LTと呼ばれる易熱性エンテロトキシンも含まれる[5]。コレラ毒素の発見は多くがSambhu Nath Deによるところのものである。彼はカルカッタ(現在のコルカタ)で研究を行い、1959年にコレラ毒素を発見したが、最初の精製は1883年にロベルト・コッホによって行われた。コレラ毒素はコレラ菌Vibrio choleraeによって分泌されるタンパク質複合体から構成される[6]。この毒素の症状としては水様便や脱水症状が慢性的に広くみられ、場合によっては死に至ることもある。
百日咳毒素
→詳細は「百日咳毒素」を参照
このファミリーはPtxとしても知られ、百日咳を引き起こす毒素が含まれる。百日咳毒素はグラム陰性菌である百日咳菌Bordetella pertussisによって分泌される。百日咳は非常に感染性が高く、アメリカ合衆国では予防接種が行われているにもかかわらず徐々に拡大している[7]。症状としてはwhoopingと呼ばれる発作性の咳があり、嘔吐する場合もある[8]。百日咳菌は1900年にフランスでジュール・ボルデとオクターブ・ジャングによって百日咳の原因として同定され、単離された[9]。この毒素の機構はコレラ毒素と共通している[10]。
サルモネラSalmonella entericaのArtAB毒素は2つの異なるファミリーの毒素と類似した構成要素からなる。ArtAサブユニット(Q404H4)は百日咳毒素Aサブユニットと相同であり、ArtBサブユニット(Q404H3)は、他のサルモネラ株と同様スブチラーゼ毒素Bサブユニット(subB)と相同である。Aサブユニットによって分類するという規則のため、この毒素はPtxファミリーに属する[4][11]。
志賀毒素
→詳細は「志賀毒素」を参照
志賀毒素はStxとしても知られ、桿菌である志賀赤痢菌Shigella dysenteriaeと大腸菌Escherichia coli(STEC)によって産生される毒素である。これらの細菌に汚染された食品や飲料水は感染源となり、この毒素の拡散源となる[12]。症状としては腹痛と水様便、場合によっては血便がみられる。生命を脅かす重症例は出血性大腸炎を特徴とする[13]。この毒素は1898年に志賀潔によって発見された。
スブチラーゼ毒素
このファミリーはSubABとしても知られており[4]、1990年代に発見された[14]。LEE遺伝子領域を持たないSTEC株で産生され[15]、溶血性尿毒症症候群を引き起こすことが知られている。スブチラーゼ毒素と呼ばれるのは、Aサブユニットの配列が炭疽菌Bacillus anthracisのスブチラーゼ様セリンプロテアーゼの配列と類似しているためである。この毒素によって引き起こされる症状には、血小板減少症(血液中の血小板数の減少)、白血球増加症(白血球数の増加)、腎細胞の損傷がある[16]。
スブチラーゼ毒素Aサブユニット(subA、Q6EZC2)はBiP(binding immunoglobulin protein)を切断することが知られているプロテアーゼであり、小胞体ストレスと細胞死をもたらす。Bサブユニット(subB、Q6EZC3)は細胞表面のN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)糖鎖に高い親和性で結合する[17]。ベロ細胞の空胞化を引き起こすにはsubBだけで十分である[18]。Neu5Gcはヒトでは産生されないが、赤肉や乳製品などの食品から獲得され、高い頻度でヒトの消化管壁に対するSTECの感染源となる[19]。
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構造
完全なAB5型毒素複合体には6つのタンパク質ユニットが含まれる。5つのユニットは構造的に類似しているか同一のものであり、Bサブユニットと呼ばれる。残りの1つは独特なものであり、Aサブユニットと呼ばれる。


Aサブユニット
AB5型毒素のAサブユニットは特異的な標的に対する触媒を担う部分である。志賀毒素ファミリーでは、Aサブユニットにはトリプシン感受性領域が存在し、切断されて2つの断片化されたドメインとなる。こうした領域は他のAB5型毒素ファミリーでは未だ確認されていない[2]。一般的に、Aサブユニットの2つのドメインはA1、A2と呼ばれ、ジスルフィド結合によって連結されている。ドメインA1(コレラ毒素や易熱性エンテロトキシンでは約22 kDa)は毒素の毒性を担う部分である。ドメインA2(コレラ毒素や易熱性エンテロトキシンでは約5 kDa)はBサブユニット中心部のポアとの非共有結合的な連結を担う[10]。コレラ毒素のA1鎖は、ADPリボシル化因子を利用してニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)からアルギニンや他のグアニジン化合物へのADPリボースの転移を触媒する。アルギニンや単純なグアニジン化合物が存在しない場合には、水分子を求核剤として毒素によるNAD+ヌクレオシダーゼ活性が進行する[20]。
Bサブユニット
Bサブユニットは五量体からなるリング構造を形成し、Aサブユニットの一端を保持する。また、Bサブユニットリングは受容体、多くの場合宿主細胞表面に存在する糖タンパク質または糖脂質に対する結合能を有する[10][21]。BサブユニットがなければAサブユニットは細胞に接着したり進入する手段を持たず、そのため毒性を発揮することができない。コレラ毒素、志賀毒素、SubAB毒素はすべて、5つの同一なタンパク質構成要素から構成されるBサブユニットを持ち、すなわちこれらのBサブユニットはホモ五量体である。百日咳毒素はこれらとは異なり、五量体リングは4つの異なるタンパク質構成要素からなる。構成要素の1つは2コピー存在し、ヘテロ五量体が形成される[10]。
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機構
コレラ毒素、百日咳毒素、志賀毒素の標的はすべて細胞内の細胞質基質に位置する。Bサブユニットが細胞表面の受容体に結合した後、毒素は細胞によって内包され、クラスリン依存的または非依存的なエンドサイトーシスによって細胞内へ輸送される[22]。

コレラ毒素の主な糖脂質受容体はガングリオシドGM1である[21]。ゴルジ体へのエンドサイトーシス後、毒素は小胞体へ送られる[10]。Aサブユニットが標的に到達するためには、ドメインA1とA2の間のジスルフィド結合が壊されなければならない。この切断は小胞体のプロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)によって触媒される[23]。分離後、A1ドメインのフォールディングはほどかれ、細胞質へ送られた後に再びフォールディングを行う[10]。そして特定のGタンパク質のαサブユニットのADPリボシル化を触媒する。その結果、アデニル酸シクラーゼの活性化によってGタンパク質シグナル伝達経路の下流の作用が破壊される[4][21]。これによって細胞内のcAMPの濃度が高くなり、イオン輸送機構の調節が破綻する[10]。
百日咳毒素には特異的な受容体は存在しないが、シアル化された糖タンパク質に結合する[14]。エンドサイトーシス後の機構はコレラ毒素と同様である。
志賀毒素の主要な受容体はグロボトリアオシルセラミド(Gb3)である[24]。志賀毒素もゴルジ体へ送られた後に小胞体へ送られ、PDIによってジスルフィド結合が切断される。その後志賀毒素は細胞質基質に送られ、rRNA-N-グリコシラーゼ活性によって28S rRNAの特定のアデニン塩基を切断することでタンパク質合成を阻害し[4][10]、最終的には細胞死を引き起こす。
SubABの標的は小胞体に位置し、SubABはクラスリン依存的エンドサイトーシスによって細胞内へもたらされる[21]。通常、SubABの受容体は末端がα2,3結合型Neu5Gcの糖鎖である[14]。SubABのAサブユニットはセリンプロテアーゼとして作用し、小胞体に位置するシャペロンであるBiP/GRP78を切断する[4]。このシャペロンの切断によってタンパク質合成が阻害され、細胞ストレス[15]、そして細胞死が引き起こされる[10]。
医学における利用
がん治療
AB5型毒素のBサブユニットは一部のタイプの腫瘍が持つ糖鎖に対する結合親和性を有するようであり、がん細胞への標的化は容易なものとなっている。志賀毒素Bサブユニット(StxB)は、結腸がん、膵臓がん、乳がんなどのがん細胞表面に発現しているCD77(Gb3)に特異的に結合する。StxBががん細胞を標的とすると、毒素のAサブユニットが輸送され、最終的にがん細胞を死滅させる[10]。
また、小胞体ストレスを誘導する薬剤との併用によって相乗的応答を示すことがマウスで示されている。この実験は上皮成長因子(EGF)と融合させたSubABのAサブユニットを用いて行われ、EGFに対する受容体を発現しているがん細胞はSubABの毒性に見よって薬剤に対する感受性が増大した[25]。
ワクチン
AB5型毒素の他の利用法としては、LTファミリーのメンバーのアジュバントとしての利用が挙げられる。毒素はIgG2a、IgA、Th17などの免疫応答を促進し、例えばワクチンが投与された際にピロリ菌Helicobacter pyloriの感染を防ぐことが示されている[26][27]。
このように一部のAB5型毒素が細菌感染を防ぐワクチンに利用されるのに加えて、ウイルス感染を防ぐimmunoconjugateとしての利用の研究も行われている。例えば、ウイルス-コレラ毒素結合型ワクチンによる全身免疫によってセンダイウイルスに対して特異的な抗体応答が誘導され、さらに経鼻投与を行うことで上気道もある程度保護される[28]。
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近年の研究領域
ベッセルビームを用いた平面照明顕微鏡(Bessel beam plane illumination microscopy)とFRETベースのセンサー分子の利用などの実験技術の進展により、ギャップ結合プラークの動的構造に関する理解が進んでいる。こうした実験では、細胞にコネキシン欠乏領域(connexin-depleted region、CDR)の迅速な形成を誘導するため、さまざまなタイプのAB5型毒素が利用されている。CDR形成応答はギャップ結合細胞におけるcAMP濃度の変動をFRETベースのセンサー分子を用いて検出することで記録することができる。CDRはギャップ結合プラーク内のコネキシンチャネルのタンパク質と脂質の迅速な再構成と関係していることが研究からは示唆されている。こうした研究は、細菌感染の際の細胞からのK+の喪失に続くシグナル伝達カスケードの理解に有用である[29][30]。
SubAB毒素はBiPに対する特異性を示すことが明らかにされている。この性質は細胞内でのBiP自身の機能や、ストレスを受けたHeLa細胞での小胞体関連分解(ERAD)の役割の研究に利用されている[10]。
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出典
関連項目
外部リンク
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