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SMCタンパク質
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SMCタンパク質(えすえむしいたんぱくしつ:SMC protein)とは、染色体の高次構造と機能の制御に関わる ATPase ファミリー、あるいはそれに属するタンパク質の総称。真正細菌・古細菌・真核生物に広く保存されている。真核生物では、コンデンシン、コヒーシン、SMC5/6など巨大なタンパク質複合体の ATPase サブユニットとして働く[1][2]。
SMC という呼称は、元来、出芽酵母のミニ染色体の安定性に欠損を持つ変異株 smc1(stability of mini-chromosomes 1)に由来している[3]。しかし、その遺伝子産物が同定され[4]、そのファミリーのメンバーが通常の染色体の構築と分離に必須であることが示されたことを踏まえて、Structural Maintenance of Chromosomes(染色体構造維持)の略として再定義された[5]。
分類
要約
視点
真核生物型
真核生物の SMC タンパク質は、6つのサブファミリー(SMC1- SMC6)に分類され、常にヘテロ2量体を形成する。
- SMC1-SMC3: SMC1 と SMC3 のペアは、コヒーシン複合体のコアサブユニットとして働く[6][7][8]。コヒーシンは、もともと姉妹染色分体の接着に関わる因子として同定されたが、その後の研究から間期染色体の組織化にも大きな役割を果たすことが明らかとなっている[1][2]。
- SMC2-SMC4: SMC2 と SMC4 のペアは、コンデンシン複合体のコアサブユニットとして働く[9][10][11]。コンデンシンは、分裂期染色体の凝縮と分離において中心的な役割を果たす[12]。
- SMC5-SMC6: SMC5 と SMC6 のペアは、SMC5/6 複合体のコアサブユニットとして働く[13]。この複合体は、DNA修復およびゲノムの安定性に関与するばかりでなく、宿主タンパク質としてウイルス防御にも関わる[14][15][16]。

SMC1-SMC3、SMC2-SMC4、SMC5-SMC6 というパートナーの組み合わせは極めて特異的に決定されており、このルールに反する例はこれまで報告されていない。一次構造を比較したとき、SMC1 と SMC4 の間、SMC2 と SMC3 の間の類似性が高く、SMC5 と SMC6 はこれら4つとはやや離れた位置にある(図1)[17]。真核生物の最後の共通祖先(last eukaryotic common ancestor: LECA)は、6種類の SMC を有していたと推測されるが、現存するすべての真核生物種が SMC1-4 を有するのに対して、いくつかの系統(例えば、繊毛虫テトラヒメナや微胞子虫)では、進化の過程で SMC5 と SMC6 が失われている[18][19] 。すなわち、SMC5/6 は真核細胞の生存にとって必ずしも必須ではないらしい。
これら6種に加えて、脊椎動物では減数分裂期に特異的に発現する SMC1 のパラログ(SMC1β)[20]、線虫では遺伝子量補償に関わる SMC4 のパラログ(DPY-27)[21]が知られている。
以下の表に、代表的なモデル真核生物におけるサブユニットの名称をまとめる。
原核生物型
SMC タンパク質の進化的起源は古く、真正細菌や古細菌にまで広く保存されている[18]。
- SMC: 枯草菌をはじめとする真正細菌や古細菌の多くは、真核生物の SMC とよく似た SMC を有する[26]。原核生物型の SMC はホモ2量体を形成し、さらにいくつかの制御サブユニットと結合することにより、コンデンシン様の働きをもつタンパク質複合体(SMC-ScpAB)を形成する。真核生物の祖先となる古細菌は、2種類の SMC (canonical SMC [SMCc] と non-canonical SMC [SMCnc]) を有しており、その後の遺伝子重複によって、LECA が有する6種類の SMC が生まれた(canonical SMC から SMC1-4 が生まれ、non-canonical SMC から SMC5/6 が生まれた)という仮説が提唱されている(図1)[18]。
- MukB: ガンマ・プロテオバクテリア(γ-proteobacteria)と呼ばれる一部の真正細菌(大腸菌を含む)では、MukB と呼ばれる類似のタンパク質が SMC の機能を代行している[27]。MukB はホモ2量体を形成し、さらにいくつかの制御サブユニットと結合することにより、コンデンシン様の働きをもつタンパク質複合体(MukBEF)を形成する。
- MksB/JetC/EptC: 第3の原核生物型 SMC として一部の真正細菌に MksB が見出され、MukBEF に似た複合体(MksBEF)を形成することが報告された[28]。より最近では、これにヌクレアーゼサブユニット MksG が結合した複合体 MksBEFG がプラスミド防御に関与していることが見出され、注目を集めている[29][30]。他の種では、MksBEFG のオーソログ (ortholog)として、JetABCD [31][32]および EptABCD [33]が知られており、これらプラスミド防御に関わる SMC 様タンパク質複合体は Wadjet と総称される。
SMCに類似するタンパク質
広義には、以下の SMC に類似するタンパク質を SMC スーパーファミリーのメンバーとする場合がある。
- 真核生物には、DNA 2本鎖切断修復に関与する Rad50[34]がある。
- 真正細菌には、DNA 修復に関与する複数のタンパク質 SbcC[35], RecF[36], RecN[37]がある。このうち SbcC は真核生物の Rad50 によく似た構造と機能を有する。SbcC と Rad50 はともに Zinc hook モチーフから構成されるヒンジ構造を持ち、それは SMC や MukB/MksB のヒンジ構造とは大きく異なる。
- 古細菌からは、ASRPs (Archaea-specific SMC-related proteins)と総称されるサブファミリーが発見された[38]。それ以前に報告されていた Sph1/2[39]および ClsN/coalescin[40][41] は、このサブファミリーに属する。
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SMCタンパク質複合体のサブユニット構成
真核生物と原核生物が有する SMC タンパク質複合体のサブユニット構成を以下の表と図2・図3にまとめる。
- 真核生物型・原核生物型に関わらず全ての SMC 2量体は、kleisin サブユニットと結合する。
- コンデンシンとコヒーシンは、さらに HEATリピートサブユニットのペアを有する。
- SMC 5/6複合体は、HEATリピートサブユニット[42]の代わりに kite (kleisin interacting tandem winged-helix elements) サブユニット[43]を有するという点において、原核生物型の複合体(SMC-ScpAB, MukBEF, JetABC)に近い。しかし、SMC 5/6複合体の SMC と kite はそれぞれヘテロ2量体から成るという点において、両者がホモ2量体から成る原核生物型の複合体よりも複雑な構成となっている。
- SMC5/6 複合体および Wadjet 複合体 (JetABCD) は、それぞれもうひとつの触媒サブユニット(SMC5/6 は SUMO リガーゼ Nse2[44]、JetABCD はヌクレアーゼ JetD[31][32])を有している。
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分子構造
要約
視点

SMC タンパク質は、1,000-1,500アミノ酸残基からなる。 常に2量体(原核生物ではホモ2量体、真核生物ではヘテロ2量体)を形成し、特徴的な V 字型構造をつくる(図4)[45][46]。個々の SMC サブユニットは、まず反平行のコイルドコイルによって折り畳まれ、長い棒状の形態をとる。この際、一方の末端には ATP 結合部位("ヘッド")が、もう一方の末端には"ヒンジ"が形成される。2つの SMC サブユニットはヒンジを介して結合し、V 字型の巨大な2量体を構築する[47][48]。反平行のコイルドコイルによって形成される腕部の長さは、~50 nmにも達する(これは2重鎖 DNA ~150 bpに相当する長さである)。同程度あるいはそれ以上の長さをもつ「平行」のコイルドコイルはミオシンやキネシン等のモータータンパク質によくみられるが、これだけ長い「反平行」のコイルドコイルをもつものは SMC タンパク質以外に知られていない。
SMC2量体に non-SMC サブユニットが結合して SMC 複合体を作るスキームは以下の通りである(図4)。まず、kleisin サブユニットの N 末端ドメインが一方の SMC のネック(ヘッドドメインに近いコイルドコイル領域)に結合し[49][50][51]、C 末端ドメインがもう一方の SMC のキャップ(ヘッドドメインの一部)に結合する[52][51]。こうして形成される SMC-kleisin 3量体リング状構造は非対称な構造をとる(そのため、kleisin の N 末端が結合する側の SMC を ν-SMC、C 末端が結合する側の SMC を κ-SMC と呼び分けることもある)。最後に、2つの HEAT サブユニット(あるいは2つの KITE サブユニット)が kleisin の中央領域に結合して、ホロ複合体を形成する。尚、原核生物型 MukBEF と Wadjet は、kleisin サブユニットを介して、2量体化する(図3;dimer-of-dimerと呼ばれることもある)。
SMC ヘッドドメインは、ABC輸送体 (ABC transporter) や DNA修復タンパク質 RAD50 のATP結合部位と構造上の共通点を有する。このクラスの ATP 結合ドメイン(ATP結合カセット; ATP-binding cassette [ABC])では、Walker AモチーフとWalker Bモチーフに加えて、signatureモチーフ(別名C motif)と呼ばれる特有の配列が高度に保存されている。ATP結合と加水分解のサイクルは、2つのヘッドドメインの会合と解離のサイクルとカップルし、その結果としてV字型構造の開閉を制御する。こうした SMC 2量体の構造変換が制御サブユニット(kleisinサブユニットや HEATリピートサブユニット)および DNA とのダイナミックな相互作用を制御すると考えられている[53][54]。
分子活性
SMC タンパク質複合体は多彩な染色体機能に関わっており、それぞれに特有の分子活性を有していると考えられている。一方で、進化的起源や特徴的な分子構造を踏まえると、複数の SMC タンパク質複合体に共通する分子活性の存在も示唆される。
例えば、長いコイルドコイルから成るリング状の構造の中に DNA を抱え込む活性(DNA entrapment 活性)が知られている。この活性は、これまでに、コヒーシン[55][56]、コンデンシン[57][58][59]、Smc5/6[60]に見出されている。
より最近では、DNAを押出してループを形成する活性(DNA ループ押出し活性:DNA loop extrusion)が注目を集めている。これまでに、コンデンシン[61]、コヒーシン[62][63]、Smc5/6[64]および Wadjet[65] がループ押出し活性を有することが単分子解析によって示されている。ループ押出しの過程では、SMC サブユニットの ATPase サイクルとカップルして複数のサブユニットが複数の様式で DNA と相互作用することが想定されており、その分子メカニズムは極めて複雑なものであるらしい[66][67]。
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遺伝疾患
SMC 関連の遺伝疾患として、以下の例が報告されている。
- コヒーシン関連
- SMC5/6関連
- 原発性小人症 (primordial dwarfism):NSE2 遺伝子の変異[75]
- 重篤な肺疾患:NSE3 遺伝子の変異[76]
SMCタンパク質をテーマとする国際学会
SMC タンパク質の本格的な研究は、1990年代から始まった。その後、この分野の研究活動が世界的に活発になったことを背景に、2010年代から SMC タンパク質をテーマとする国際学会が定期的に開催されている。ほぼ隔年で開催されるこの学会では、SMC タンパク質の多様な機能を反映して、バクテリアのプラスミド防御からヒトの遺伝疾患に至るまで、幅広いトピックスが議論されている。
- 第0回 SMC 国際学会(第18回 IMCB シンポジウム)“SMC proteins: from molecule to disease”、2013年11月29日、東京。
- 第1回 SMC 国際学会(EMBO ワークショップ)“SMC proteins: chromosomal organizers from bacteria to human”、 2015年5月12-15日、オーストリア・ウィーン。
- 第3回 SMC 国際学会[79](EMBO ワークショップ)“Organization of bacterial and eukaryotic genomes by SMC complexes”、2019年9月10-13日、オーストリア・ウィーン。
- 第4回 SMC 国際学会(Biochemical Society of the UK)“Genome Organisation by SMC protein complexes”、2022年9月27-30日、英国・エディンバラ。
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関連項目
引用文献
参考図書
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