積水ハウス地面師詐欺事件
2017年に日本で発生した詐欺事件 ウィキペディアから
2017年に日本で発生した詐欺事件 ウィキペディアから
積水ハウス地面師詐欺事件(せきすいハウスじめんしさぎじけん)は、2017年6月1日に、積水ハウスが地面師グループに土地の購入代金として55億5千万円を騙し取られた事件[1][2]。逮捕者15人を出したが不起訴になる容疑者も多数いた。その後も真相は謎に包まれており、公判でもすべてが明らかになったわけではない[3]。
事件の舞台は、東京都品川区西五反田2-22-6、山手線五反田駅から徒歩3分の立地にある旅館「海喜館(うみきかん)」である[4][5]。不動産業界ではかねて注目の案件だった[5]。積水ハウスは所有者を名乗る女と、約600坪の旅館敷地を70億円で購入する売買契約を締結。6月1日に売買の窓口となった「IKUTA HOLDINGS株式会社」(千代田区永田町)に所有権移転の仮登記、さらに同日、積水ハウスに移転請求権の仮登記がなされ、同日、売買代金70億円のうち63億円を支払い、直ちに所有権移転登記を申請した。 しかし、売買は成立しなかった。6月24日、「相続」を原因に都内大田区の2人の男性(所有者の実弟とされる)が所有権を移転。7月4日に登記。所有者は死亡していた[6][1]。
登記所が積水ハウスの売買予約に基づく仮登記を認めず、2人の実弟とされる男性に所有権の移転を認めた。この時点で、63億円を支払った積水ハウスは、所有者の成りすまし女とそのグループに騙されたことになる。積水ハウスが騙されたことを認めたのは、8月2日だった[6][1]。なお、同時期に旭化成グループが正式な所有者から土地を取得しており、跡地に高層マンションを建設した[注釈 1]。
旅館「海喜館」の所有者の元にはリーマンショック前あたりからデベロッパーなどの不動産会社の社員が頻繁に接触していたが、所有者は断固として土地の売却を拒んでおり、客を装って接客時に旅館売却を迫る不動産関係者に嫌気が差して常連以外を宿泊させなくなった。「海喜館」は2015年3月に廃業となったが、所有者はなおも売却せずに旅館に居住し続けた[3]。
こうした事情に目を付けた地面師グループは「海喜館」の土地を狙った[3]。
2017年4月3日、地面師グループは転売目的で海喜館の土地を購入しようとする中間買主を見つけ、この中間買主から申込証拠金として2000万円を受け取った[5]。4月4日、積水ハウスでマンション事業を行う事業部の営業次長に、地面師グループから元旅館「海喜館」の土地を売却するという話が持ち込まれる[5]。土地所有者はパスポートと印鑑証明で本人確認ができる状況であった[5]。
4月13日、地面師グループと中間買主、積水ハウスの次長・課長は条件面を打ち合わせた[5]。その際、地面師は「所有者はマンション購入資金として3億円の調達を急いでいる。申込証拠金だけだと翻意するかもしれない。他にも購入希望者は沢山いるので急いだ方が良い」と積水ハウス側に対して取引を急かした[5]。
積水ハウスは稟議決裁を行った後、4月24日に売買契約を締結し[5]、手付金14億円を支払った[5]。この契約は海喜館を一旦中間買主が買取り、それを積水ハウスが買うという契約で、中間業者の買取価額60億円、積水ハウスの買取価額は70億円であった。この後、所有権移転の仮登記が完了する[5]。
6月1日に残金の支払いが行なわれ、建物取り壊し後に支払う留保金7億円を除いた残金49億円が支払われた[1][5]。6月6日、法務局から不動産の本登記却下の連絡が入る[5]。ここで偽の所有者から土地を購入していたことが判明する[1]。
6月9日、積水ハウスは新宿警察署に被害届を提出するが受理されず、9月15日警察庁で刑事告訴が受理された[5]。この間、6月24日に海喜館の本来の所有者が死亡したと見られ、「相続」を原因に都内大田区の2人の男性が所有権を移転し[5]、7月4日に登記された[6]。
その後、2020年6月22日の記事によると、旭化成不動産レジデンスが真正の所有者から土地を取得[7]。30階建の超高層マンション・アトラスタワー五反田を建設した[8]。
海喜館は、戦前から花街として栄えてきた五反田にある。今もその名残があり、夜にはピンクサロンや個室マッサージなど、風俗店のネオンサインが目立つ。事件に巻き込まれた所有者S子は1944年、五反田のこの地で生まれた。当時、すでに両親が海喜館を経営しており、彼女は旅館で育った。海喜館は宴会などもおこなえる大きな旅館だった。旅館は所有者の父が始めたもので、場所がよく繁盛していた。旅館をよく知る町内会の役員の話では、父親は羽振りがよく、妻以外にも愛人を作り、夫婦が揉めた。あげく父親が家を出て行き、外腹の男の子を作った。以来、母娘の二人暮らしとなり、旅館はS子の母が切り盛りするようになった。母親時代も旅館はずっと賑わった[3]。
1975年12月23日、夫に代わり旅館を経営してきた母親が他界し、S子がこの不動産を相続した。S子は、相続後もしばらく板前や仲居を使い海喜館を経営し、町内会の行事にも積極的に参加した。バブル時代はもとより、バブル崩壊後も出張サラリーマンの宿泊客を中心に営業を続け、それなりに経営は好調だった。しかし、施設の老朽化が目立つようになると、近隣に建設されたビジネスホテルに押されがちになり、経営は次第に傾いた。経営が成り立っていたのは、2010年代までだった。不動産会社の営業マンをはじめ、マンションデベロッパーの社員や、ヤクザ風の不動産ブローカーにいたるまで、さまざまな人物がマンション経営やスポーツジム経営を持ち掛け、接近するようになった。彼らは客を装って旅館に泊まり、彼女が接客に出ると、「旅館を売ってほしい」とうるさく迫るようになる。そのうち、S子は常連客しか泊めなくなる。旅館は絶対に売らない、と周囲には頑なに言い続けてきた。そんな状態が何年も続いたが、経営がうまくいくはずもなく、2015年3月、ついに旅館を廃業した。その後もしばらく板前らとともに旅館に住み続けたが、古希を過ぎたS子はやがて体調を崩した[3]。
地元でS子の姿が見られたのは、廃業届を出してから2年ほど経った2017年の2月ごろで、それ以降姿を見せなくなった。S子は入院しており、主が入院中の旅館は、人の出入りが途絶えると瞬く間に廃墟のように荒れ果てていった。地面師たちは、そんな高齢の地主の変化を見逃さなかった。この計画に加わったグループが、この旅館に姿を見せ始めたのは、彼女が入院する少し前のことであった。地面師グループは、それまでの不動産ブローカーたちに交じりながら、海喜館の周囲に出没するようになっていた。この事件の計画を最初に立案したのが、名の知れ渡った二人の大物地面師UとKであり、警視庁も当初から彼らが絡んでいると睨んで捜査を進めた[3][9]。
地面師Kは、同年12月に世田谷の5億円詐取事件で逮捕されている。東京地検立川支部の検事を前に、「どこで生まれ、どのように育ったのか。生い立ちが今の私に影響を及ぼしているわけではないし、興味のないことなので、話したくない」などと語った。Kは国士舘大学中退後、広告業を始めたが、このとき不動産会社を客にとったのをきっかけに興味を覚え、30歳ごろから不動産業を始めた。売りに出ている物件を探し、売り主と買い主とのあいだに入って交渉を行って手数料を得たり、自分で物件を購入しては転売し、その差額で稼いだりするようになった[9]。
Kは1959年(昭和34年)12月11日、長崎県生まれで、地面師のなかでも、五指に入る大物といわれる。年齢や学歴以外の詳しい素性については、検事の取り調べにおいてもほとんど明かさず、それでいて事件と直接関係のない雑談には応じている。曰く、年収は2000万円前後で、ゴルフはひと月に10回、ほかの趣味といえば銀座の高級クラブで飲み歩くことくらいで、クレジットカードを10枚ほど所有し、目的に応じて使い分けていた。ハワイのコンドミニアムも所有しているというが、自身の自由が利く資産ではなかった。取材したノンフィクション作家森功によれば、事件屋と呼ばれる詐欺師やその情報を得ようとする不動産ブローカーらは、一杯飲み屋やスナックのほか喫茶店も多い昭和の風情を残した新橋駅界隈のようなレトロな空気を好むという[9]。
Kと並び称される斯界の大物が、Uであった。年齢はKよりやや上で、K以上に不動産詐欺に顔を出し、その世界でUの名を知らぬ者のないほどであった。「マイク」という名前は本名だが日系アメリカ人などではなく、改名してそう名乗るようになったと思われ、純粋な日本人である。かつては別名を名乗り、「池袋グループ」と呼ばれる地面師集団を率いてきた。一般に地面師らは、10人前後で構成されていることが多く、計画を立案する主犯格のボスを頂点にして、なりすましの演技指導を行う「教育係」、なりすまし役を発掘する「手配師」、免許証やパスポートなどの文書を偽造する「印刷屋」あるいは「工場」、「道具屋」、振込口座を準備する「銀行屋」や「口座屋」、法的手続きを担当する弁護士や司法書士の「法律屋」など、細かく役割を分担して犯行を実行する。UやKは常に計画の中心におり、主犯として指揮を行ってきた。二人は東京都内の地面師事件の多くに関わっているとされる[9]。
2人が計画を立てたのは2016年11月から12月にかけてだと言われている。この時期は所有者S子が入院する2か月前になる。UはS子に接近するため、旅館横の月極め駐車場を借りたいと持ち掛け、彼女と駐車場の賃貸契約書を交わした。所有者に会うことで所有者本人の人相風体はもちろん、一人暮らしかどうか、同居人がいるのか、生年月日や連絡先の電話番号をはじめ、印鑑証明や住民票から生年月日など個人情報を得ることができる。これらが地面師らの下準備となる[9]。
積水ハウスの地面師事件の捜査は、2018年初頭から開始された。被害総額55億5000万円という大事件だけに、警視庁の捜査は慎重であった。この事件の前には、「東京音楽アカデミー」という専門学校の所有地をめぐる、手付金詐欺事件を捜査2課の手掛けていたが、警視庁はその捜査対象にSを据えた。のちにカミンスカスSとして国際手配されたSは、国税当局に太いパイプをもつと自称し、2000年代初頭にマンションデベロッパーとして名を馳せたABCホームの財務部長を務めた男であった。東京音楽アカデミー事件では、KがSに扱いを任せたという。KとSは東京音楽アカデミーの代表者のなりすましを仕立て、買い手を探し、彼らに乗せられた不動産会社に手付金を振り込ませることに成功した。Kは、知り合いの不動産業者仲間から名古屋の休眠会社を買い取ると代表に就任した。それを『東京音楽アカデミー』と社名変更し、都内に音楽アカデミー名義の銀行口座を作る。銀行は学校のある富ヶ谷に近い渋谷駅前支店を選び、いかにもそれらしく見せかけ、買い手の不動産会社になりすましを紹介し、その口座に売買代金の手付金を振り込ませるという手口だった。積水ハウス事件を手掛ける前であったため、手持ち資金に窮していたためともいわれる。しかし手付金が振り込まれた直後、Kが渋谷駅前支店のATMから現金300万円を引き出した映像が銀行の防犯カメラに残され、動かぬ証拠となった[9]。
警視庁捜査2課は東京音楽アカデミーと積水ハウスの二段構えで事件捜査を進めた。10月には、積水ハウス事件における主犯として、元ABCホームのSの逮捕状を東京地裁に請求した[9]。
同社は2008年4月以来、「和田会長-阿部社長」の体制を続けてきた。この事件により、事態は急変。和田と阿部が対立し、和田が解任に追い込まれるなど「お家騒動」に発展。2018年1月24日の取締役会では、和田が「詐欺事件について責任を明確化する」として、阿部の社長解任動議を出したものの否決。その後、阿部が「新しいガバナンス体制を構築する」として、和田を解任する動議を出したところ、和田が辞任を表明。事実上の解任とみられた。和田は阿部の責任を追及したはずが、返り討ちにあったといわれる。「内紛劇」が表面化して以降、同社株は下落が続いた。2018年1月期決算を発表した3月8日、同社は企業統治の強化策を公表。代表取締役の70歳定年制、女性社外役員の登用による役員構成の多様化を打ち出した。阿部は6項目の改善策について「全社的に取締役会の大改革に不退転の決意で取り組む」ことを強調した。4月26日付の役員人事では社外取締役、社外監査役を各1人増員し、それぞれ女性を起用[11]。
2020年4月23日、阿部俊則会長ら取締役選任議案が可決され、和田前会長らによる経営陣刷新の株主提案が否決される[12]。
2021年3月4日、同社は会長を務めていた阿部俊則が退社すると発表。退任後に積水ハウスの特別顧問に就き、会長職は空席となる[13]。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.