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靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会
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紀元二千六百三年 靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会(きげん2603ねん やすくにじんじゃ・はこねじんじゃかんおうふくかんとうがくとたんれんけいそうたいかい)は、1943年(昭和18年)冬に行われた大学駅伝の競技会[1]。第22回目の東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)と見做されている。
![]() | この記事のほとんどまたは全てが唯一の出典にのみ基づいています。 (2018年2月) |
主催は関東学生陸上競技連盟。スタートおよびゴール地点は靖国神社。折り返し地点は箱根神社に設けられた。
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開催までの経緯
1940年(昭和15年)に行われた第21回大会の後、日中戦争激化の影響によって1941年(昭和16年)の箱根駅伝は中止となった。だが、『明治神宮水泳場前-青梅熊野神社間往復駅伝』が1月・11月に代替競技として挙行されている。この大会は箱根駅伝の歴代記録には含まれない別大会として扱われている。
1943年(昭和18年)、関東学生陸上競技連盟と軍部の交渉の結果、靖国神社と箱根神社を往復するという名目で『靖国神社箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会』として第22回大会を開催することができた。
参加大学
予選会はなく[2]、計11校が出場。青山学院(現 青山学院大学)はこの大会が初出場[3]。
1 | 日本大学 | 前回1位 | 15大会連続19回目 |
---|---|---|---|
2 | 東京文理科大学 | 前回2位 | 12大会連続12回目 |
3 | 中央大学 | 前回3位 | 17大会連続20回目 |
4 | 専修大学 | 前回4位 | 8大会連続8回目 |
5 | 法政大学 | 前回6位 | 2大会連続20回目 |
6 | 東京農業大学 | 前回8位 | 9大会連続18回目 |
7 | 拓殖大学 | 前回9位 | 9大会連続9回目 |
8 | 立教大学 | 第20回4位 | 2大会ぶり7回目 |
9 | 慶應義塾大学 | 第18回9位 | 4大会振り18回目 |
10 | 早稲田大学 | 第18回2位 | 4大会振り18回目 |
11 | 青山学院 | 前回-位 | 初出場 |
大会進行
ガソリン不足のため、伴走車はほとんどなく、自転車での伴走が多かった[4]。戦時下にもかかわらず、中継所などには多くの観衆が詰め寄せた[5]。
成績
要約
視点
往路成績
復路成績
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脚注
参考文献
外部リンク
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