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アスガルド古細菌
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アスガルド古細菌(Asgard archaea、Asgardarchaeota[1])は、ロキ古細菌など真核生物に最も近いと想定される古細菌群に対して提案された上門、またはクレードである。
アスガルド古細菌は真核生物に対して側系統の可能性があり、クレード名としては他に真核生物を含む形の「真核生物形類(または真核形生物ドメイン)(Eukaryomorpha)」も提案されている[2]。
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発見
ロキ古細菌の命名は2015年、アスガルド古細菌の命名は2017年だが、この系統に属すDNA配列の報告は1999年まで遡る。伊豆諸島の明神礁近傍の水深1330mにあるブラックスモーカーから検出された16S rRNA配列が最初の例で、この時は既知の古細菌2界(当時)のうちユーリ古細菌よりもクレン古細菌に近縁と考えられたことから、DHV(deep-sea hydrothermal vent) Crenarchaeotic group 1(深海熱水噴出孔クレン古細菌群1)と呼ばれた[3]。
その後も時折検出例が有り、いわゆるDSAG(Deep Sea Archaeal Group)やMBG-B(Marine Benthic group-B)も、後にアスガルド古細菌と呼ばれる系統の一部であった。このため2019年現在でもDSAG/MGB-Bと呼ばれることが稀にある。培養が極めて困難なため、これらの報告は大半が16S rRNA配列であった。2008年に、よりクレン古細菌のコアグループに近いタウム古細菌がクレン古細菌から分離されるまでは、クレン古細菌の一部と認識されていた。
2015年には、ロキ古細菌が提唱された。これは、2010年に北極海のガッケル海嶺にあるロキの城と呼ばれる熱水噴出口の付近から採取されたサンプルからゲノムを再構築したもので、これにより一気に研究が進んだ。2017年には、ロキ古細菌やそれに近縁ないくつかの系統(トール(Tor)、オーディン(Odin)、ヘイムダル(Heimdall))を含む、上門相当のグループとして、アスガルド古細菌が提唱された。2018年にはロキ古細菌とヘイムダル古細菌の可視化が行われた[4]。2019年には、アスガルド古細菌の新しい門として、ヘル(Hel)古細菌[5]、ゲルド(Gerd)古細菌[6][7]が発見され、フレイヤ(Freja)、 ゲフィオン(Gefjon)、フリッグ(Frigg)、イズン(Idun)、カーリ(Kari)、 バルドル(Balder)、 ヘーダア(Hoder)、ラグ(Lag)古細菌が提唱され[8][9]、2020年にはシフ(Sif)古細菌が発見、ブロック(Brock)古細菌、ホッド(Hod) 古細菌、ウーコン(Wukong、悟空)古細菌が提唱されている[10][11][12]。
長く培養はされてこなかったが、2019年に"Candidatus Prometheoarchaeum syntrophicum"の集積培養が報告された[13]。この報告では、最初にサンプルが採取されてからプレプリントが出るまでに12年もかかっている。平均直径は500nmと小さく、成長速度は倍化時間が14~25日、定常期に到達するまでの期間が3ヶ月と遅い。
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概要
この系統に所属する古細菌は、代表系統であるロキ古細菌にちなみ北欧神話の神の名がほとんどつけられている[12][14]。その中でもヘイムダル古細菌が真核生物に最も近い位置に多くの系統解析で置かれる[5][14][15][16]。培養株はほとんど得られておらず、断片的なゲノム情報と蛍光染色法による細胞形態程度[17]しか情報が得られていない。真核生物様の遺伝子(ESP)を大量に保有することが特徴で、低分子量GTPアーゼやESCRTシリーズ(ESCRT I, II, III,Vps4)、ダイニン軽鎖LC7、BAR/IMDスーパーファミリー、アクチン、 アクチン調節タンパク質プロフィリン[18]、ゲルソリンスーパーファミリー[19]を始めとした細胞骨格や細胞変形、SNAREタンパク質のような小胞体制御に必要な遺伝子が多数見つかっており[14][18][20]、祖先真核生物(LECA)がすでにある程度の複雑性を獲得していたことを示唆した[21][22]。また、これらのESPは、アスガルド古細菌門にパッチ状に分布していることから、大規模な遺伝子水平伝播、遺伝子欠損、同族拡大の歴史を示している[12]。
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真核生物との関係
要約
視点
ESCRT-IIIサブユニット(Vps20/32/60, Vps2/24/46)やVps4(CdvCとも呼ばれている)、ATPaseの系統解析から、アスガルド古細菌と真核生物の間には他の古細菌を排除した明確な親和性があり、加えてESCRT-IIIサブユニットの2つのグループの分岐は、アスガルド古細菌の祖先ではすでに発生していたことが示された[15][23]。このことから、真核生物のESCRT複合体はアスガルド古細菌の祖先から直接受け継いだものと示唆された[15][23]。実際にアスガルド古細菌が真核生物のESCRT複合体と進化的にも機能的にも類似点が多いことが実験的に判明している[15]。アスガルド古細菌の一門、オーディン古細菌の一種Odinarchaeceae Tengchongは、ESCRTシリーズの酵素群が全て揃っていて、ESCRTに必要であるVps28が真核生物特有なC末端ドメインを保有している、唯一の原核生物として報告されている[24][25]。さらにユビキチン結合ドメインタンパク質をコードする遺伝子が同定され、ヘイムダル、ロキ、オーディン古細菌のユビキチン-ESCRTタンパク質の相互作用解析の結果、一部のアスガルド古細菌がユビキチンと協調して機能するESCRTシステムを持つことが示された[26][27]。
アスガルド古細菌のプロフィリンの結晶構造は真核生物と似ており、アクチンの結合機能に適した構造をしている[18]。真核生物のプロフィリンとの相違点は、真核生物アクチンが集まる際に利用されるプロリンに富む領域が存在しない点と、脂質PIP2存在下で反応性が極めて低い点である[18][28]とされてきたが、ヘイムダル古細菌のプロフィリン(heimProfilin)はPIP2と相互作用し、ポリプロリンモチーフによって制御されていることが判明した。実際に、プロフィリン存在下でのアクチン重合反応がin vitroで観測されている[21][29]。
トール古細菌のゲルソリンスーパーファミリーはアクチンフィラメントの切断、キャッピング、アニーリング、束化などの様々な活性や、ゲルソリン/コフィリン結合部位に結合することがin vitroで確認されている[19]。真核生物のゲルソリンスーパーファミリーは一般的に3~6個のドメインで構成されている一方で、アスガルド古細菌のゲルソリンスーパーファミリーは、シングルドメインおよびダブルドメインであることから、ゲルソリンスーパーファミリーは初期の真核生物で遺伝子重複が起きた可能性が示唆された[19]。
小胞融合プロセスの中心的な役割を果たしているSNAREタンパク質がヘイムダル古細菌にコードされていることが判明しており、実際に真核生物のSNAREタンパク質と相互作用することが観測されている[20]。
この他、ユビキチンや他の古細菌には見られない真核型リボソームタンパク質(L22e、L28e)、系統によってはチューブリンに相当する遺伝子も見つかっている(オーディン古細菌)[14]。
2019年にロドプシンファミリーとしてType-1ロドプシン、ヘリオロドプシンに加えて、これまでにないタイプのロドプシン、シゾロドプシン(Schizorhodopsins)が発見された[30]。2020年にシゾロドプシンは光エネルギーを使って細胞内へ水素イオンを取り込む機能を持つことが判明した[31][32]。アスガルド古細菌は光や酸素の無い海底や湖底の泥の中に棲息していることから、どのようにして多くの真核生物が棲む、光や酸素のある環境に進出できたのか、その進化的なプロセスが不明であったが、シゾロドプシンの機能解明に伴い、太陽光と酸素のある環境へ進出する際に、この独自の光駆動型の内向き水素イオンポンプを持つようになったことが示された[31][32]。
2020年にロキ古細菌とヘイムダル古細菌が、古細菌で初めて大型のrRNAの拡張セグメント(真核生物に特異的なrRNA領域、ES)を保有することが判明した[33]。ロキ古細菌とヘイムダル古細菌のLSU rRNAは2つの真核生物ES(ES9とES39)に由来することが示され、真核生物のrRNAの拡張は段階的かつ反復的におこなわれてきたとするリボソームの進化モデル「accretion model」[34][35]と一致する結果が示唆された[33]。
真核生物にはないアスガルド古細菌特有の特徴として、CRISPR-Cas関連システムの多様性が発見されている[36]。
代謝
ゲノム情報からは多様な栄養要求性を持つことが予想されており、ロキ古細菌は水素依存性の嫌気性独立栄養生物[37]、トール古細菌は有機物と硫黄に依存する嫌気性の従属栄養生物[38]、ヘイムダル古細菌は光エネルギーを利用する好気性の混合栄養生物[17]、ヘル古細菌は嫌気的に炭化水素サイクリングが可能な生物[5][22]、シル古細菌は嫌気的にメチル酸化(methylotrophy)が可能で、多糖類を分解できる生物と考えられている[10]。
系統によっては炭素固定に関連するルビスコ(RuBisCo)やアセチル-CoA経路(Wood–Ljungdahl pathway)の遺伝子が見つかっている。なお、アスガルド古細菌のルビスコは光合成タイプではなく、むしろIV型またはIII型古細菌タイプに属することが明らかになった[39]。このルビスコは光合成反応における代表的な炭酸固定経路カルビン・ベンソン回路には関与せず、むしろヌクレオシドのサルベージおよび同化に関与している可能性が高い。
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生態
多くの系統は堆積物生命圏(sediment biosphere)で発見されている一方で、ロキ古細菌とトール古細菌は様々な場所に分布している。また、ロキ古細菌とトール古細菌は海洋では海底に適応しており、海底の深さと塩分濃度が分布に重要な要因であると考えられる[40]。
形態
最初に電子顕微鏡画像が得られた"Ca. P. syntrophicum"は、細胞内部に複雑な構造は特に見つかっていない一方で、触手のような分岐突起を長く伸ばす様子が撮影されている[13]。
膜小胞、ブレブ、および突起の構造は真核生物の糸状仮足や微絨毛と形態が類似している[13][22]。PKDドメインがあるS層を保有する可能性が指摘されている[13]。
系統関係
LUCA |
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出典
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