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エジプトの県
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エジプトは、27のムハーファザ(محافظة muḥāfaẓah、英語: Governorate、日本語では県、あるいは州と訳される場合もある。ここでは県とする)から構成されている。

2008年4月17日にヘルワーン県がカイロ県から、10月6日県がギーザ県から分離・新設され、合計29県となった。しかしエジプト革命後の2011年4月12日に再編入され、2008年以前の27県に戻った。また県境が調整され、これまでナイル河谷のみを管轄してきたナイル川沿いの県は河谷の外まで県域を広げた[1][2]。例えばルクソール県は面積が55平方キロメートルから約3,000平方キロメートルまで拡張された。
県の一覧
要約
視点
県名および都市名は日本で慣例的に用いられているものであり、一部は現地語のアラビア語(文語のフスハー、口語のエジプト方言)に基づかない。その場合は備考欄にフスハーの発音を記載している。
県旗の多くは中央に県章を配置した単色であることが多い。2010年にすべての県の象徴が定められたが、旗・章共にデザインが頻繁に変更されている[3]。
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歴史
1979年以前
1960年第124号地方行政法(Local Administration Law 124 of 1960)
1979年-2008年
1979年第43号地方行政法(Local Administration Law 43 of 1979)
1979年のエジプト・イスラエル平和条約でシナイ半島が返還された。
2008年-2011年
2008年4月17日にヘルワーン県がカイロ県から、10月6日県がギーザ県からそれぞれ分立した。
2009年12月7日にルクソール県がケナ県から分割されて設立。
2011年4月12日にヘルワーン県、10月6日県が廃止。
- ヘルワーン県の位置
- 10月6日県の位置
- 2011年の地図(2県廃止後)
2011年以降
2014年の大統領選挙に出馬したアブドルファッターフ・アッ=シーシーは、県を再編し33県とすることを公約とした[6]。選挙に勝利し大統領に就任したシーシーは公約を実現するため、8月17日に中部シナイ県(Central Sinai)、アラメイン県(el-Alamein)、アル=ワハト県(al-Wahat)の3つの県の創設を発表した[7][8]。この3県は県境の調整や知事任命の合意までは進んだものの[9][10]、現地住民の反発を受け中止された[11]。しかしシナイ半島で過激派組織によるテロが頻発するようになると、シーシーは2020年1月に地域の安定化と活性化のために中部シナイ県の創設を主張した[12]。
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下位区画

→「ar:قائمة مراكز مصر」を参照
県の下には5種類の基礎自治体(市町村)が設置されている。2013年末時点で合計は351つ。以下はその内訳である[13]。
- キズム (Kism) - 都市部に設置される。177市。
- マラキズ (مراكز, Markaze) - キズムよりも人口の少ない、農村地域に設置される。162町村。
- 新都市 - 元々は無人で、近年に開発された都市。9市。
- 警察管区 - エジプト警察が管轄する地区。いずれも港湾施設であり、人は住んでいない。3管区。
基礎自治体は人が居住している地域に設置される。そのため無人の砂漠地帯は非法人地域に分類され、どの基礎自治体にも属さない地域となる。非法人地域は20県に存在し、内陸の大部分がここに含まれている。
関連項目
脚注
外部リンク
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