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クローマー伯爵
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クローマー伯爵(英: Earl of Cromer)は、イギリスの伯爵位。連合王国貴族。
イギリスの半植民地エジプトの統治にあたっていたイヴリン・ベアリングが1901年に叙されたのに始まる。
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歴史

1882年9月、エジプトはオラービー革命鎮圧のために侵攻してきたイギリス軍によって占領され、以降イギリスの半植民地状態におかれた。1883年9月には銀行家一族ベアリング家出身のイヴリン・ベアリング(1841-1917)がエジプト総領事に就任し、実質的なエジプト統治者となった。彼は1907年の退任までエジプト行政改革に辣腕をふるい、エジプトを強力に支配した[1]。
この在任中にイヴリンに対してしばしば叙爵があった。1892年6月20日には「カウンティ・オブ・ノーフォークにおけるクローマーのクローマー男爵(Baron Cromer, of Cromer in the County of Norfolk)」、1899年1月25日には「カウンティ・オブ・ノーフォークにおけるクローマー子爵(Viscount Cromer, in the County of Norfolk)」、そして1901年8月8日には「カウンティ・オブ・ノーフォークにおけるクローマー伯爵(Earl of Cromer, in the County of Norfolk)」と「カウンティ・オブ・ノーサンバーランドにおけるヘクサムのエリントン子爵(Viscount Errington, of Hexham in the County of Northumberland)」を与えられた(すべて連合王国貴族爵位)[2][3]。
初代クローマー伯の死後、爵位は長男ローランド・トマス・ベアリング(1877-1953)によって継承された[4]。また初代クローマー伯の三男チャールズ・イヴリン(1903-1973)も南ローデシア総督(在職1942-1944)やケニア総督(在職1952-1959)を務めるなど植民地行政官として活躍したため、1960年に兄とは別に連合王国貴族「カウンティ・オブ・ノーサンバーランドにおけるホウィックのグレンデールのホウィック男爵」に叙されている[5]。
2代クローマー伯の長男である3代クローマー伯ジョージ・ローランド・スタンリー・ベアリング(1918-1991)は、イングランド銀行総裁(在職1961年-1966年)や駐米大使(在職1971年-1974年)を務めた[6]。
2015年現在の当主はその長男である第4代クローマー伯イヴリン・ローランド・エズモンド・ベアリング(1946-)である。
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現当主の保有爵位
第4代クローマー伯爵イヴリン・ローランド・エズモンド・ベアリングは、以下の爵位を有する[3]。
- 第4代クローマー伯爵(4th Earl of Cromer)
(1901年8月8日の勅許状による連合王国貴族爵位) - 第4代カウンティ・オブ・ノーフォークにおけるクローマーのクローマー子爵(4th Viscount Cromer, of Cromer in the County of Norfolk)
(1899年1月25日の勅許状による連合王国貴族爵位) - 第4代カウンティ・オブ・ノーサンバーランドにおけるヘクサムのエリントン子爵(4th Viscount Errington, of Hexham in the County of Northumberland)
(1901年8月8日の勅許状による連合王国貴族爵位) - 第4代カウンティ・オブ・ノーフォークにおけるクローマーのクローマー男爵(4th Baron Cromer, of Cromer in the County of Norfolk)
(1892年6月20日の勅許状による連合王国貴族爵位)
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一覧
クローマー男爵(1892年)
- 初代クローマー男爵イヴリン・ベアリング(1841年-1917年) ※1899年にクローマー子爵
クローマー子爵(1899年)
- 初代クローマー子爵イヴリン・ベアリング(1841年-1917年) ※1901年にクローマー伯爵
クローマー伯爵(1901年)
脚注
参考文献
関連項目
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