トップQs
タイムライン
チャット
視点

メイソン・プラムリー

アメリカのバスケットボール選手 (1990 - ) ウィキペディアから

メイソン・プラムリー
Remove ads

メイソン・アレクサンダー・プラムリーMason Alexander Plumlee, 1990年3月5日 - )は、アメリカ合衆国インディアナ州フォートウェイン出身のプロバスケットボール選手。NBAフェニックス・サンズに所属している。ポジションはセンター。兄もNBA選手のマイルズ・プラムリーで、弟のマーシャル・プラムリーも2016年にNBA入りした[1]

概要 フェニックス・サンズ No.22, ポジション ...
Remove ads

経歴

要約
視点

カレッジ

バスケットボール一家のプラムリー家に育ったメイソンは、当然ながら子供の頃からバスケットボールを楽しみ、高校時代は2年生時にインディアナ州の地元の高校からノースカロライナ州のクリスト高校に転校。そこで大きく成長し、マクドナルド・オールアメリカンにも選出された。 大学はデューク大学に進学し、1年生時に兄のマイルスと共に、NCAAトーナメント決勝戦でゴードン・ヘイワード擁するバトラー大学英語版を下し、全米王者に輝いた[2]

NBA

ブルックリン・ネッツ

2013年のNBAドラフトにて1巡目全体22位でブルックリン・ネッツから指名され、7月3日にネッツとのルーキー契約に合意した[3]。2013年11月15日のフェニックス・サンズ戦では、当時サンズに所属していた兄マイルズとの "兄弟対決" が実現した。

ポートランド・トレイルブレイザーズ

2015年6月25日にスティーブ・ブレイクロンデー・ホリス=ジェファーソンのドラフト権とのトレードでパット・コノートンのドラフト権と共にポートランド・トレイルブレイザーズへ移籍した[4]

2016年12月20日のサクラメント・キングス戦でキャリアハイとなる27得点を含む13リバウンド、5アシスト、1スティール、2ブロックを記録したが、チームは121-126で惜敗した。2017年1月8日のデトロイト・ピストンズ戦でキャリアハイとなる12アシストを含む8得点、10リバウンド、1スティール、3ブロックを記録したが、チームはダブルオーバータイムの末に124-125で惜敗した[5]。なお、ブレイザーズにおけるセンターの選手が10リバウンド、10アシスト以上のダブル・ダブルを達成したのは、1984年のマイカル・トンプソン以来約33年ぶりであった[6]

デンバー・ナゲッツ

1月13日にユスフ・ヌルキッチ、2017年のプロテクト付き1巡目指名権とのトレードで2018年のドラフト2巡目指名権、現金と共にデンバー・ナゲッツへ移籍した[7]

9月20日にナゲッツとの再契約に合意した[8]

デトロイト・ピストンズ

2020年12月1日にデトロイト・ピストンズとの契約に合意した[9]。2021年2月14日のニューオーリンズ・ペリカンズ戦で自身初のトリプル・ダブルとなる17得点、10リバウンド、10アシストを記録し、チームは123-112で勝利した[10]。なお、30歳以降で自身初となるトリプル・ダブルを達成したのは、1996年のパトリック・ユーイング以来約25年ぶりであった[11]

シャーロット・ホーネッツ

8月6日にバルサ・コプリビツァ英語版のドラフト権とのトレードでJT・ソーのドラフト権と共にシャーロット・ホーネッツへ移籍した[12]

2023年1月21日のアトランタ・ホークス戦でシーズンハイとなる25得点を含む8リバウンド、2アシストを記録し、チームは122-118で勝利した[13]

ロサンゼルス・クリッパーズ

2023年2月9日にレジー・ジャクソン、将来のドラフト2巡目指名権とのトレードでロサンゼルス・クリッパーズへ移籍した[14]

7月7日にクリッパーズとの再契約に合意した[15]

フェニックス・サンズ

2024年7月5日にフェニックス・サンズとの契約に合意した[16]

Remove ads

アメリカ代表

2014年FIBAバスケットボール・ワールドカップのチームUSAに選出され、チームは優勝した。

個人成績

さらに見る 略称説明 ...

NBA

レギュラーシーズン

さらに見る シーズン, チーム ...

プレーオフ

さらに見る シーズン, チーム ...

カレッジ

さらに見る シーズン, チーム ...

関連項目

脚注

外部リンク

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads