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ルーカス・バリオス
パラグアイのサッカー選手 ウィキペディアから
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ルーカス・ラモン・バリオス・カセレス(Lucas Ramón Barrios Cáceres スペイン語発音: [ˈlukas raˈmon ˈbarjos ˈkaseɾes], 1984年11月13日 - )は、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身のパラグアイ人元サッカー選手。元パラグアイ代表。現役時代のポジションはフォワード。
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クラブ経歴
南米やメキシコのクラブを渡り歩いた後、移籍金420万ユーロでボルシア・ドルトムントへ移籍[2]。1年目からレギュラーに定着し19得点を挙げた。2010-11シーズンは前年よりは減ったもののチーム最多の16得点を挙げ、ドルトムントの攻撃の中心としてブンデスリーガ制覇に貢献した[2]。
しかし、2011-12シーズンは故障の影響からロベルト・レヴァンドフスキにスタメンを奪われた。冬の移籍市場での放出も噂されたが残留。チームはブンデスリーガ2連覇を果たす。
2012年5月、広州恒大足球倶楽部への移籍が発表された。移籍金は850万ユーロ。契約は4年間で6月1日からの加入になる。
しかし、出場機会があまり訪れす退団を表明[6]、2013年8月10日、FCスパルタク・モスクワへの移籍が発表された[7]。
2014年8月12日、モンペリエHSCに買い取りオプション付きでのレンタル移籍が決定した[8]。
2015年7月16日、パルメイラスに移籍した[9]。契約期間は3年、背番号は10番。
2018年1月、古巣のAAアルヘンティノス・ジュニアーズに加入するに合意したと発表された[11]。
2020年1月18日、クラブ・デ・ヒムナシア・イ・エスグリマ・ラ・プラタに加入した[12]。
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代表経歴
母親がパラグアイ人のため2010年4月にパラグアイ国籍を取得し、5月4日にパラグアイ代表に初選出された。2010 FIFAワールドカップパラグアイ代表にも選ばれ、主将となった[13](ただしゲームキャプテンはフスト・ビジャールが務めている)。同月26日の親善試合・アイルランド戦で初出場を果たし、初得点も挙げた。ワールドカップでは無得点に終わったものの全5試合に出場し、パラグアイの初のベスト8進出に貢献した。
コパ・アメリカ2011でもレギュラーとして全試合に出場。グループリーグのベネズエラ戦の1得点のみに終わったものの、パラグアイの準優勝に貢献した。しかし決勝のウルグアイ戦で負傷してしまい、開幕を控えたブンデスリーガの序盤戦の欠場を余儀なくされた。
プレースタイル
両足やヘディングによる得点力だけでなく、フィジカルを活かしたボールのキープやオフ・ザ・ボールの動きで、味方にスペースを与える能力に長けている[2]。
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 36試合 10得点(2010年-2017年)[14]
タイトル
クラブ
- プリメーラ・ディビシオン:1回 (2008クラウスーラ)
- コパ・ド・ブラジル:1回 (2015)
- カンピオナート・ブラジレイロ:1回 (2016)
- コパ・リベルタドーレス:1回 (2017)
個人
- プリメーラ・ディビシオン得点王:2回 (2008アペルトゥーラ, 2008クラウスーラ)
- IFFHS年間最多得点:1回 (2008)
- パラグアイ年間最優秀選手:1回 (2010)
- コパ・ド・ブラジル得点王:1回(2017)
脚注
外部リンク
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