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内田定槌

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内田定槌
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内田 定槌(うちだ さだつち、元治2年1月17日[1]1865年2月12日)– 昭和17年(1942年6月2日[2])は、日本外交官。駐ブラジル公使、駐スウェーデン公使、駐トルコ大使

概要 内田 定槌, 生年月日 ...
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経歴

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1910年竣工の渋谷の自邸。現・外交官の家

豊前国小倉(現在の福岡県北九州市)出身[1]1889年(明治22年)、東京帝国大学法科大学を卒業し、外務省試補となった[3]。翌年、上海副領事となり、漢城領事、ニューヨーク領事、同総領事を歴任した[3]1906年(明治39年)にブラジル弁理公使となり、翌年に特命全権公使となった[3]。その後、スウェーデン公使に就任し、デンマーク公使、ノルウェー公使も兼ねた[3]1920年大正9年)、トルコに派遣され、のち大使に昇格した[3]

退官後は日土協会会長、日土貿易協会顧問を務めた[1]。墓所は多磨霊園

栄典

位階
勲章等
外国勲章佩用允許

関連作品

NHK大河ドラマ

脚注

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参考文献

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関連項目

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