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千住文子

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千住 文子(せんじゅ ふみこ、1926年大正15年〉3月4日[1] - 2013年平成25年〉6月27日)は、日本の教育評論家エッセイスト

夫は千住鎮雄。長男は千住博、二男は千住明、長女は千住真理子。父は角倉邦彦、祖父は角倉賀道

経歴

東京都出身。日本女子専門学校国文科(旧制)を経て、共立女子大学家政学部生活科学科(新制)に一期生として入学[2]。同大学を卒業後は高分子学会に勤務。その後、明治製菓株式会社に入社[2]。同研究所薬品研究室研究員として抗生物質開発の研究に従事[3]経営工学者の千住鎮雄と結婚して退職[2]

芸術家三兄妹として知られる日本画家千住博作曲家千住明ヴァイオリニスト千住真理子を育てた[2][4]。2000年に夫が他界した後、教育問題に関する講演会や執筆活動、テレビ・ラジオへの出演など多岐にわたって活躍。また、父に角倉邦彦、祖父に角倉賀道、祖先に角倉了以がいる。

2013年6月27日、多臓器不全により死去[5]。87歳歿。

著書

  • 『千住家の教育白書』時事通信社、2001年 のち新潮文庫 
  • 『千住家にストラディヴァリウスが来た日 Stradivarius "De Duranty" 1716』新潮社、2005年 のち文庫 
  • 『母と娘の協奏曲』千住真理子共著、時事通信出版局、2005年
  • 『千住家の命の物語』新潮社、2009年
  • 『命の往復書簡2011〜2013 母のがん、心臓病を乗り越えて』千住真理子共著、文藝春秋、2013年 のち文庫(『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』)

脚注

参考資料

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