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大沢朋也
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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大沢 朋也(おおさわ ともや、1984年10月22日 - )は、埼玉県狭山市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、または攻撃的ミッドフィールダー。
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来歴
三菱養和スポーツクラブを経て帝京高校で中心選手として活躍。高校在学中から各年代の日本代表に選出され、2001 FIFA U-17世界選手権にも参加した。帝京高校では2学年先輩に田中達也、田村雄三、1学年上に平松大志、同期に中村英之、1期後輩に関口訓充、足助翔などがいる。
帝京高校在学時にはエースとして平山相太、中村北斗らを擁する国見高校を破り、20年ぶりの高校総体優勝を実現した。
2003年、高校卒業後にJ2の大宮アルディージャに入団してプロサッカー選手となり、同年にJリーグデビューを果たしたが、トップチームでの公式戦出場はデビュー戦の1試合のみで、2005年に大宮がJ1に昇格しても出場機会は得られないまま、同年シーズン限りで大宮とは契約満了となった。
2006年、日本フットボールリーグ(JFL)の佐川急便東京SCへ移籍し、活躍の機会を得るがシーズン途中に負傷して長期離脱。その後、2007年からは同チームを含む合併により成立した佐川急便サッカークラブ(2008年よりSAGAWA SHIGA FC)に加入した。当初は出場機会が少なかったものの、2008年シーズンは11月1日のアルテ高崎戦でハットトリックを達成[1] するなど結果を残し、主に左サイドMFとしてレギュラーに定着した。
2009年には全試合に出場するとともに、10得点をあげてベストイレブンに選出。チームが2度目の優勝を決めた11月22日のジェフリザーブズ戦では決勝ゴールを挙げた[2]。その後も中心選手の一人として活躍を続けたが、2012年シーズン終了をもってSAGAWA SHIGA FCは活動停止となりチームを離れた。
2013年には同じJFLのカマタマーレ讃岐に加入[3]。この年はチームが首位を争うなかで攻撃陣の一角として活躍、リーグ2位進出と入替戦を経てのJ2参入に貢献した。翌2014年は負傷でシーズン序盤を欠場しチームも低迷したが、5月6日の東京ヴェルディ戦で11年ぶりのJリーグ出場を果たす[4] など17試合に出場した。2015年には出場登録メンバーを外れる時期が長く続いたものの、10月下旬にシーズン初先発を果たすと奮闘をみせ、チームが残り試合を無敗とする復調の原動力となった。
2017年シーズン末に讃岐から契約満了通告を受け[5]、 同年12月に行われたJリーグ合同トライアウトに出場した[6] が、新たな所属チームを決めることは無かった。 2018年1月、現役引退と、大宮アルディージャの地域プロデュース部U-12コーチに就任することが発表された[7]。
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所属クラブ
- 三菱養和清瀬SS
- 三菱養和SCJrユース
- 2000年 - 2002年 帝京高校
- 2002年 浦和レッドダイヤモンズ (強化指定選手)
- 2003年 - 2005年 大宮アルディージャ
- 2006年 - 2012年 佐川急便東京SC/佐川急便SC/SAGAWA SHIGA FC
- 2013年 - 2017年 カマタマーレ讃岐
個人成績
その他の公式戦
- 2014年
- J2・J3入れ替え戦 1試合0得点
- Jリーグ初出場 - 2003年10月11日 J2第38節 川崎フロンターレ戦(埼玉スタジアム2002)
代表歴
- 1999年 U-15日本代表
- 2000年 U-16アジアユース代表
- 2001年 2001 FIFA U-17世界選手権代表
- 2002年 U-18日本代表
タイトル
- チーム
- 個人
- JFL ベストイレブン (2009年)
脚注
関連項目
外部リンク
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