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大石信重
南北朝時代の武士・武将。木曾家教の三男? 四男? 大石氏中興の祖。遠江守。武蔵・伊豆守護代 ウィキペディアから
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大石 信重(おおいし のぶしげ)は、南北朝時代の武将。大石氏中興の祖とされる。武蔵国・伊豆国守護代。
生涯
木曾家教の四男として誕生。縁戚関係にある大石為重の養子となる。関東管領・上杉憲顕に仕え、武蔵国比企郡津下郷三百貫文を与えられた。
正平6年/観応2年(1351年)、挙兵した南朝方の新田義宗と敵対し、笛吹峠の合戦で先陣を勤めた。正平11年/延文元年(1356年)5月、その戦功として武蔵入間・多摩両郡に13郷を得て同年8月に多摩に移住し、二宮[2]に館を構えた。また、武蔵目代職、武蔵守護代、伊豆守護代を歴任した。元中元年/至徳元年(1384年)、浄福寺城[3]を築城した。
脚注
関連項目
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