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富樫村
日本の石川県石川郡にあった村 ウィキペディアから
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地理
歴史
- 富樫村の由来は加賀国の荘園である富樫荘から来ており、富樫荘53村の一部である。
- 1488年6月からの長享の乱では富樫政親が高尾城を巡り加賀一向一揆衆と激しい攻防を繰り広げた。しかし、戦資金の枯渇や農民の協力も得られず1489年に自決をすることになった。
- 1889年(明治22年)に地黄煎(じおうぜん)・円光寺(えんこうじ)・山科(やましな)・高尾(たかお)・伏見新(ふしみしん)・窪(くぼ)・清瀬(きよせ)・坪野(つぼの)・寺地(てらじ)・倉ヶ岳(くらがたけ)の10村が合併して富樫村が発足した。その後、1935年(昭和10年)に金沢市に編入合併してからは地黄煎以外の大字は金沢市の町名としてそのまま継承され、大字地黄煎は富樫町(現在の金沢市富樫)に改称された。
- 世帯数は291戸、人口は1,818人(ともに1920年当時)。
沿革
現在の町名
住居表示実施地域
- 円光寺本町、山科の全域と弥生、泉が丘、円光寺、富樫、寺地、伏見台、長坂台、有松、泉野出町の各一部。
住居表示未実施地域
- 山科町、高尾町、伏見新町、窪町、清瀬町、坪野町、倉ヶ嶽、窪、高尾、高尾南の全域と高尾台、光が丘の各一部。
参考文献
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- 角川日本地名大辞典 17 石川県 - 角川書店
- 「書府太郎」石川県大百科事典改訂版 - 北國新聞社
- 金沢・町物語 町名の由来と人と事件の四百年 - 能登印刷出版部
関連項目
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