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川端正男

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川端 正男(かわばた まさお、1941年昭和16年)3月21日[1] - 2018年平成30年)6月22日[2] )は、日本の実業家である。大手非鉄金属メーカーであるフジクラ代表取締役・副社長を務めた[2]岡山県高梁市出身。

概要 かわばた まさお 川端 正男, 生誕 ...

経歴

生い立ち

1941年(昭和16年)岡山県上房郡高梁町(現:高梁市)に生れる[3][2]。高梁北小学校時代は、1学年上に、ANAホールディングス会長になる大橋洋治がいた。大橋は途中で岡大附属小学校へ転校するが、以降生涯に渡り仲が良かった[3]。その後、市立高梁中学校を経て、地元の岡山県立高梁高等学校へ進学、1959年(昭和34年)同校を卒業する[4]。同年、岡山大学文学部へ進学し、1963年(昭和38年)同大学を卒業する[2]

実業家として

岡大を卒業後、同年4月、電線御三家の一角を占める藤倉電線(現:フジクラ)に入社する[1]。営業畑を歩み、1981年(昭和56年)札幌支店長となる[5]1986年(昭和61年)には、45歳で営業部長へ昇進し[6]1990年(平成2年)11月、営業本部副本部長となる。1993年(平成5年)6月、52歳のときに取締役営業本部副本部長・関西支店長となり、1995年(平成7年)2月、取締役関西支店長となった[1]

一貫して同社の営業畑を歩んできた川端だったが、遂に1997年(平成9年)6月、56歳で常務取締役へ就任する。2001年(平成13年)4月、専務取締役となり、2002年(平成14年)6月には、61歳で代表取締役専務となる。2005年(平成17年)4月、64歳で副社長へ就任[1]、以降、亡くなるまで13年間副社長を務めた[2]

2018年(平成30年)6月22日、病気のため死去。享年77歳[7]

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略歴

  • 1941年 岡山県上房郡高梁町(現:高梁市)に出生
  • 1959年 岡山県立高梁高等学校を卒業
  • 1963年 岡山大学文学部を卒業、藤倉電線へ入社
  • 1986年 営業部長へ昇進
  • 1995年2月 取締役関西支店長となる
  • 1997年6月 56歳で常務取締役へ就任
  • 2001年4月 専務取締役へ就任
  • 2002年6月 61歳で代表取締役専務へ就任
  • 2005年4月 64歳で副社長へ就任
  • 2018年6月 病気のため死去

脚注

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