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愛宕神社 (館林市)
群馬県館林市西本町にある神社 ウィキペディアから
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歴史
社伝によると、文武天皇4年(700年)に創建された[1]。役小角が山城国(現・京都府)の愛宕神社から分霊を勧請したという[1]。文永10年(1273年)に鎌倉幕府第5代執権北条時頼によって社殿が造営されると共に、別当寺として『興蔵寺』を境内に創建した[2]。
室町から戦国にかけて館林の領主は赤井、長尾、北条氏と移り変わったが、そのいずれからも崇敬を受けた[2]。天正18年(1590年)館林に入部した榊原康政は、文禄年間に当社を「館林市中総鎮守」と定めて社地5,000坪超を安堵し、慶長7年(1602年)には榊原氏の祈願所に定め、社殿を修復した[2]。
徳川綱吉は館林藩藩主になったのちに、寛文9年(1669年)に社殿を全て改築し、葵の紋章を付して祈願所とし、また自筆の「芦鷺絵」を奉納した[2]。さらに綱吉が江戸幕府第5代将軍に就いてからは、元禄10年(1697年)に社殿が修築されて公儀普請所に指定され、以後幕末まで社殿の修理は幕府または館林藩により行われた[2]。
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文化財
- 青石地蔵板碑(群馬県指定重要文化財 昭和48年8月21日指定)[3]
交通アクセス
- 館林駅より徒歩10分。
脚注
参考文献
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