トップQs
タイムライン
チャット
視点

桜洞城

岐阜県下呂市にあった城 ウィキペディアから

桜洞城
Remove ads

桜洞城(さくらぼらじょう)は、飛騨国益田郡下呂郷桜洞[1]岐阜県下呂市萩原町)にあった日本の城。下呂市指定史跡

概要 logo桜洞城 (岐阜県), 別名 ...

概要

一般には『飛州志』の記述から戦国大名三木直頼が築城したとされるが、異説として城址を調査した角竹喜登が『岐阜県史蹟名勝天然記念物調査報告書』第六回(1937年刊)において、直頼の祖父久頼以来の居城で、直頼・良頼の頃に完備したとした[2]

歴史

飛騨を支配した三木自綱天正7年(1579年)に松倉城を築城して居城を移すまでの間、三木家の居城であったが、それ以後は松倉城の支城となって自綱の子信綱が城主となる。

しかし、信綱は謀反の疑いで松倉城にて誘殺された[2]。以後の城主は不明であるが、冬の拠点として用いられて冬城とも呼ばれ、天正13年(1585年)に金森長近に攻められ落城[2]萩原諏訪城が築かれると廃城になった。

遺構

  • 『飛州志』所載の城図によれば、かつては東西144メートル、南北180メートルの規模で、周囲を空堀に囲まれ、北と東にはさらに二重の空堀が存在した[2]。この城図や現在の遺構のしめすその形状は居館であり、別に詰の山城があったと考えられるが、見つかっていない[3]
  • 現在はJR高山本線線路が跡地を通り、土塁の痕跡などがわずかに残る。城跡は下呂市の指定史跡となっている[4]

交通

脚注

関連項目

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads