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横沢本衛
日本の実業家、政治家 ウィキペディアから
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横沢 本衛(横澤 本衞、よこさわ もとえ / ほんえ、嘉永6年1月21日[1][注 1](1853年2月28日) - 大正4年(1915年)2月16日[2])は、日本の実業家、政治家。衆議院議員。慈善家。
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来歴
信濃国北安曇郡塩島新田村(現長野県白馬村)生まれ。幼名は権一郎。17歳で家業の酒造業と麻問屋を継ぎ、近畿・中京方面への麻の販売を手掛けた。明治15年(1882年)北城郵便局長となり、同24年(1891年)北安曇郡会議員を経て、同25年(1892年)長野県会議員、同36年(1903年)第8回衆議院議員総選挙に当選した。
実業家としては、明治21年(1888年)には北城警察分署の設立を請願し自ら建設費を負担するなど、安曇地方の運輸交通の便を開き、地方道路の改修と拡張に尽力した。同28年(1895年)北安曇銀行、同33年(1900年)小谷貯蓄銀行を設立して頭取となり、同34年(1901年)には安曇電気株式会社設立発起人となり、初代社長に就任した。経営が不安定な設立から3年間は私費を投じて株主配当を全て賄っていた。その為家産を傾けたと言われる。また現在の大糸線敷設に尽力した。
脚注
出典
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