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狛林正一

日本の作曲家 ウィキペディアから

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狛林 正一(こまばやし しょういち、1927年[2] - 1978年3月17日[3])は、日本作曲家編曲家京都市出身[2]。本名は同字で「正一」を「まさかず」と読む[1]

概要 狛林 正一こまばやし しょういち, 別名 ...

経歴

ギター好きが講じて作曲家としての活動を開始。日本コロムビア専属の作曲家として梶光夫のデビュー曲『黒髪』や、小林旭のヒット曲『ギターを持った渡り鳥』などを手掛けた[2][4]

1978年3月17日死去[3]。満50歳没[3]

楽曲提供作品

要約
視点

シングル表題曲は太字

  • 安達明
    • 僕のカーネーション』『さんざしの花咲けば』『夕焼け雲と母とぼく』(1965年、作曲)
    • 『風の町かど』『夕顔の人』(1966年、作曲)
  • 有田弘二
    • まごころ』『二人の泪』(1968年、作曲)
  • 梶光夫
    • 黒髪』(1963年、作曲)
    • 夢のやまなみハイウェー』(1964年、作曲)
    • 『霧の別れ』『東京の若い星』(1965年、作曲)
    • 伊豆の踊り子』『ぼくの心が燃えたのは』(1966年、作曲)
    • 『ふりそで』(1967年、作曲)
  • 神戸一郎
    • 愛の枯葉』(1961年、作曲)
    • 『リンゴちゃん』(1962年、作曲)
  • 小林旭
    • ギターを持った渡り鳥』『口笛が流れる港町』『いとしあの娘の涙雨』(1959年、作曲)
    • ノーチヨサン節』『さすらい』『アキラのおてもやん』『アキラのブンガワンソロ』(1960年、作曲)
    • ダンチョネ節』『鹿児島おはら節』『ズンドコ節』『アキラのツーレロ節』『アキラのホイホイ節』
      『アキラのチョンコ節』『アキラの炭坑節』『アキラの北海盆唄』(1960年、編曲)
    • アキラのまっくろけ節』『続さすらい』『アキラのチンチロリン』『夕やけは赤い幌馬車』(1961年、作曲)
    • アキラのデカンショ』『黒い傷痕のブルース』『チュンガを踊ろう』『北帰行』『落日のシャイアン
      『アキラのおいとこ節』『恋のチュンガ』『惜別の唄』(1961年、編曲)
    • 郷愁[注釈 1]』『アキラでツイスト』『俺もゆくから君もゆけ』『旅愁』『ひとりぼっちの散歩道』
      『追憶のブルース』(1962年、作曲)
    • サーカスの唄』『渚のチャペル』『ダヒル・サヨ』『秋の銀座』『放浪の唄』『ツイスト・ナンバー・ワン』
      『流浪の唄』(1962年、編曲)
    • アキラでボサ・ノバ』『俺は地獄の部隊長』(1963年、作曲)
    • つらい恋だぜ』(1967年、編曲)
    • 幸せの切符』『七十年子守唄』『白い灯影のブルース』『旅に出る若き友に』(1970年、作曲)
  • 畠山みどり
    • 『それを信じて今日まで二年』『あゝ無情』(1963年、作曲)
  • 広瀬みさ
    • 夜のギター』『甘い誘惑』『ごっちゃな気持』『男が見てる』『ガーベラの夢』『ひとりはいや』『甘い噂』
      『しびれちゃったの』(1964年、作曲)
    • 恋はすぐそこ』『女の涙』『こっちをむいて』『にくい彼』(1965年、作曲)
  • 本間千代子
    • 若い海』『白いサキソフォン』(1966年、作曲)
  • 守屋浩
    • 俺は銀座の騎兵隊』(1960年、作曲)
    • サイクリングの仲間たち』(1960年、編曲)
    • 『イヤンバ・ヤンバ』(1961年、作曲)
    • 『恋の空き椅子』(1961年、編曲)
    • 北風の旅人』(1967年、作曲)
    • さよならの後にあなたが残る』『ネオン街唱歌』(1970年、作曲)
  • 梶光夫、広瀬みさ
    • いつも二人で歩く街』(1964年、作曲)
  • 小林旭、こまどり姉妹
    • 『おけさ数え唄』(1960年、編曲)
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参考文献

  • 著作権資料協会 編『著作権者名簿』昭和37年版(1962年) 全国書誌番号:48014194
  • 日外アソシエーツ 編『昭和物故人名録 昭和元年~54年』(1983年) NCID BN01655634

脚注

関連項目

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