知的財産権
知的な創造的・事業的活動によって無形の財産を生んだ人の利益を保護する、もろもろの財産権の総称 ウィキペディアから
知的な創造的・事業的活動によって無形の財産を生んだ人の利益を保護する、もろもろの財産権の総称 ウィキペディアから
知的財産権(ちてきざいさんけん、英: intellectual property rights、略称:IP)とは、著作物(著作権)や発明、商標などといった無体物について、その創出者に対して与えられる、民法上の所有権に類似した独占権である[1]。
一般的に、知的財産は無体物であり、有体物のようにある者が利用すれば別の人が利用することができなくなるわけではないため、それを他人が無断で利用しても、知的財産を創造した者が自己の利用を妨げられることはない。しかし、他人が無制限に知的財産を利用できると、創造者はその知的財産から利益を得ることが困難となる。知的財産の創造には費用・時間がかかるため、無断利用を許すと、知的財産の創造意欲を後退させ、その創造活動が活発に行われないようになるといった結果を招く。このような理由から、知的財産を他人が無断で無制限に利用できないように法的に保護する必要がある[2]。
その性質から、「知的創作物(産業上の創作・文化的な創作・生物資源における創作)」と「営業上の標識(商標・商号等の識別情報・イメージ等を含む商品形態)」および「それ以外の営業上・技術上のノウハウなど、有用な情報」の3種類に大別される(知的財産基本法2条1項参照)。
「知的財産」および「知的財産権(知的所有権)」は、各種の条約や法令においてさまざまに定義されている。
この協定の適用上、「知的所有権」とは、第二部の第一節から第七節までの規定の対象となるすべての種類の知的所有権をいう[3]。 — 知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(世界貿易機関を設立するマラケシュ協定附属書1c)第1条2
「知的所有権」とは、文芸、美術および学術の著作物、実演家の実演、レコードおよび放送、人間の活動のすべての分野における発明、科学的発見、意匠、商標、サービス・マークおよび商号その他の商業上の表示、不正競争に対する保護に関する権利ならびに産業、学術、文芸または美術の分野における知的活動から生ずる他のすべての権利をいう。 — 1967年7月14日にスウェーデンのストックホルムで署名された世界知的所有権機関を設立する条約 第2条(ⅷ)
知的財産権は、特許権・意匠権・著作権等の創作意欲の促進を目的とした「知的創造物(知的創作物)についての権利」と、商標権・原産地表示・地理的表示等の使用者の信用維持を目的とした「営業標識についての権利」に大別される[4]。
具体的に各国の国内法や国際法で定められる知的財産権には、以下のようなものがある[5][6]。
この4つは代表的なものとして『知財四権』とも称される。
1980年代の世界貿易は、先進国、アジア地域の高い経済成長につれて順調に推移した。日本は特に1980年代前半の円安期に輸出を伸ばし、1986年には世界シェアが10.5%になり、米国と並ぶまでになった。
しかし、日本による米国への集中豪雨的な輸出のため、米国の輸出は伸び悩み、世界輸出市場に占める米国のシェアは11%台で低迷。1980年代を通して見ると、米国では輸入が急増し、1984年には貿易赤字が1,000億ドルを超え、米国の産業競争力は著しく低下した。
そこで、共和党政権のロナルド・レーガン大統領は、1983年6月、ヒューレット・パッカード社のジョン・ヤング社長を委員長に迎え、学界、業界の代表者からなる「産業競争力についての大統領委員会」を設立した。ヤング委員長は、米国の競争力の低下を一年半にわたり広範に検討し、その結果を『地球規模の競争-新たな現実』と題する報告書として1985年1月25日に大統領に提出した。これが「ヤングレポート」として国際的に知られている報告書である。
報告の骨子は、「米国の技術力は依然として世界の最高水準にある」としたうえで、それが製品貿易に反映されないのは、「各国の知的財産の保護が不十分なためである」と分析し、その回復のために、プロパテント政策を推進することを提言した。この提言と同様な政策は、その後の大統領通商政策アクションプラン(1985年9月)や、アメリカ合衆国通商代表部(USTR)の知的財産政策(1986年4月)などにも見いだすことができる。
2010年代、中国では国内に進出する国外企業に対し、合弁先が最先端技術の知的財産権供与を強要するケースが目立ち始め、地方政府も同調するように許認可権を通じて圧力をかける例が報じられるようになった。2017年、アメリカは中国の知的財産権の扱いに対して通商法スーパー301条に基づく調査を始めるとともに[12]、通商代表部ライトハイザー代表が中国を国際的な貿易体制の脅威でと主張するなど摩擦が生じるようになった。中国側も反論を行ったが[13]、アメリカを納得させるまでに至らず、2018年、知的財産権はアメリカが中国からの幅広い輸入品に関税をかける米中貿易戦争のきっかけの一つとなっている[14]。
日本の知財実務においては、企業の知的財産戦略を理論化しようという試みが続けられている。以下は特許分野におけるその一例である。
必須特許、すなわち特定分野において企業の事業活動の根幹となる特許(それを有しなければ撤退リスクを生じる重要な特許)の保有関係を分析する理論である。
必須特許が市場のプレーヤーの誰に保有されているかを分析することで、当該市場への参入可能性や参入戦略の方向性(自社開発か、特許買収か、誰かとパートナーシップを組むかなど)を検討することができる。また、時間軸に着目して将来のマーケットシフトに合わせた必須特許の検討も行う[18]。
知財投資をすべき分野を画定するための理論である。将来的な市場規模の大小を第一軸、先行特許の多寡を第二軸として、定量的に開発投資のテーマを決定する。
先行特許がすでに相当数存在する技術に正面から投資をしても、すでに競争が激しく、必須特許を得られる可能性は低い。他方、まったく先行特許が存在しない技術に投資しても、そもそも市場が存在せずリターンが得られない可能性が高い。そこで、市場規模の拡大が予想される割には先行特許が少ない技術を探して投資することが有効な戦略となる[19]。
知財戦略の経営上の位置づけを定める理論である。
企業における知的財産戦略は、単なる年間取得特許数などの指標管理に堕してはならず、性能のみを求めてもならず、常に経営上の戦略目標(シェアなど市場内での位置づけに関する目標、利益目標、株価目標など)を意識し、当該戦略目標と対応して具体性を持って実装されたときに初めて、長期的に企業価値に貢献することができるようになると論じる[20]。
知財戦略の時間的限界を画する理論である。
必須特許を有する先行投資者は、必須特許を改良することで一定期間は優位性を保つことができるが、ある時点において一定数の必須特許の保護期間が満了すると、後発参入者であっても期限切れの必須特許技術のみを用いて市場に十分受け入れられる品質の商品を製造販売することが可能となる(技術のコモディティ化)。そうなれば先行投資者の優位性は失われ、コモディティ化前の知財戦略は無効となる。先行投資者は、従来どおり必須特許の改良を続けるか、別の付加価値を提供するか、または撤退して他の市場を探すかの戦略転換を迫られ、それによりその後の知財への投資態度も変わってくる[21]。
個人事業主を含む中小企業が知的財産権を保護・活用しようとする場合、制度・法務に精通した人材を社内に有する例は少ない。上記のような専門家への依頼には、費用面の不足・不安や心理的ハードルが支障となる。このため、知財に関するポータルサイトや、初期の相談においては無料・秘密厳守で応じる公的窓口が設置されている[22]。
日本の実定法において、知的財産は複数階層の保護を受けている[23]。例えば著作権法で著作物と見做されず権利が付与されなかった商品が、不正競争防止法で保護されるというケースがある。
かつては権利付与法・行為規制法で保護されない知的財産が一般不法行為により救済される裁判例が存在した(例: YOL記事見出し事件)。しかし北朝鮮映画事件(最高裁2011)により「所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は ... 特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではない」との見解が示され[24]、以後の下級審では(著作権に留まらず[25])一般不法行為に基づく知的財産保護が一切認められていない[26]。
一般に知的財産に関する民事訴訟は、以下の2つに大別される。
日本では、2005年(平成17年)の知的財産高等裁判所の設置と時期を同じくして、侵害訴訟のうち、特許等に関する訴訟につき、知的財産権専門部を有する東京地裁と大阪地裁の専属管轄とし、その他の著作権、商標、意匠、不正競争に関する訴訟については、東京地裁・大阪地裁と各地の地裁との競合管轄とし、知的財産の専門的知見を有する裁判官が対応する体制を強化した。
また、特許等の有効性などを争う法的手続については、従来から、まず特許庁での審判手続によることとし、同手続での特許庁の審決に不服がある場合に、知的財産高等裁判所へ審決取消訴訟を提起するという制度がとられている[注釈 1]。
知的財産権侵害訴訟の第一審における平均審理期間は、おおむね13〜15か月で推移している[27]。
2019年10月1日には、東京地方裁判所と大阪地方裁判所において、知財ビジネス当事者の要望を受けて知財調停手続の運用が開始された。
世界各国の知的財産訴訟の実態を知る弁護士や企業関係者は、日本の知的財産訴訟につき、欧米諸国と比べても、このような審理期間、判決の正確性・信頼性のいずれについても高い水準にあると評価しているうえ、訴訟に要する費用も他国に比べて低額であるため、コストパフォーマンスの高い知財訴訟制度が実現されているといえる[28][29]。
2013年6月7日に閣議決定された『知的財産政策ビジョン』でも、日本の知的財産訴訟の迅速性や判決の正確性・信頼性に対する具体的な問題点の指摘はなく[30]、さまざまな課題を指摘していた2003年の『知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画』[31]とは、まったく対照的である。
しかし、日本の知財訴訟制度がこのような高品質なものとなったことは必ずしも対外的に知られておらず、中華人民共和国、大韓民国などの新興国の経済発展や、シンガポールの知財ハブ構想[32]など、ライバル国との制度間競争の様相を呈する中、アジアにおける日本の知財紛争解決制度のプレゼンス向上、そのための国際的な情報発信の強化等が課題とされている[30]。
また、このような高品質な日本の知財訴訟制度は、知財に関わる裁判官の専門性強化や、技術的知見に関して裁判官を支える調査官によって果たされたといえる。さらに裁判所関係者からは、日本の民事訴訟特有の専門委員(理工系の学者など)をさらに活用していこうとの意見もある[33]。
日本の知財訴訟を高く評価する弁護士や企業関係者にも、専門委員制度活用の拡大を提唱する者はない[28][29]。この点、一般に専門委員について、手続の透明性の観点から制度そのものや裁判所の運営を問題視する意見も存在する[34]中で、知的財産訴訟に関する限り、弁護士からも、技術的に難しい事件などでの専門委員の関与を肯定的に評価する意見が出されているのは事実である[35][36]。しかし、そのような弁護士からも、裁判所が技術的には難しくない事件でも専門委員を関与させようとする実情に触れ、「せっかくできた制度だから、知財高裁はもっと使えというような圧力がどこかからかかっているので無理に使っているのではないかと思う事件が、正直言っていくつかあるように思われる」など、「専門委員のさらなる活用」との前述の意見について、その裏を読み解こうとする指摘もされている[37]。
独占禁止法第21条において、著作権法、特許法、実用新案法、意匠法または商標法による権利の行使として容認される行為は、独禁法の適用除外と規定されている。
しかしながら、著作権法等による権利の行使とみられるような行為であっても、競争秩序に与える影響を勘案して、知的財産保護制度の趣旨を逸脱し、あるいは同制度の目的に反すると認められるような場合まで、同条でいう「権利の行使と認められる行為」とは評価されない場合がある(SCE事件審決、2001年8月1日公正取引委員会審決、審決集48巻3頁)[38]。
独占禁止法を所管する公正取引委員会は、ガイドラインである「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」[39]を公表し、知財分野についてはこれに基づいて独禁法を執行している。
発展途上国における知的財産の保護強化は、それら国の経済発展を支える効果があるとされるとともに、日本などの他国の企業にとっても、投資環境整備の一環として重要な位置づけを持つ[40][41][42]。そのため、日本も、特許庁を中心として、各国の知的財産法制の調査およびウェブサイトを通じた公開[43]を行うとともに、発展途上国に対し、法制度の整備および人材育成といった法整備支援を行っている[44]。
平成23年11月18日に採択された日・ASEAN共同宣言とそれに基づく日・ASEAN行動計画においては、法整備支援一般について、「法の支配、裁判システムおよび法的インフラを強化するため,法律および裁判部門における人材強化への協力を続ける」とされている(行動計画1.5.5)が、知的財産については個別に、"Promote cooperation to develop human resources capacity in the field of intellectual property rights (IPR) in order to enable the ASEAN Member States to improve and enhance their capabilities and to promote accession to IPR-related international agreements[訳語疑問点]"(2.18)との規定が盛り込まれた[45]。
2013年6月7日に日本の当時第2次安倍内閣(安倍晋三首相、自公連立政権)において閣議決定された『知的財産政策に関する基本方針』においても、「アジアをはじめとする新興国の知財システムの構築を積極的に支援し、我が国の世界最先端の知財システムが各国で準拠されるスタンダードとなるよう浸透を図ること」が重要目標として掲げられ、知的財産分野において法整備支援を積極的に推進していくこととされた[46]。そのような中、特許庁やJETROが、アジア地域へ積極的な展開を進める日本の法律事務所の協力のもと、ASEAN諸国の知的財産制度の実情調査を行い、ウェブで一般公開している[47]。
知的財産分野における法整備支援の代表例としては、インドネシアに対するものが挙げられる。2011年から実施されているJICA知的財産権保護強化プロジェクトでは、日本の特許庁にあたる知的財産権総局だけでなく、知的財産権保護の執行を担う裁判所、税関、警察といった機関も支援先機関に加えられ、日本側も特許庁だけでなく、法務省、財務省との連携がとられている[48]。その背景としては、知的財産の保護強化のためには、特許法などの知的財産法制の整備や審査官の能力向上といった権利化の過程だけでなく、民事訴訟や民事執行・民事保全といった基本的な法・司法制度の整備、裁判所を含めた紛争解決機関・法執行機関の能力向上が不可欠であると指摘されている[49][50]。
知的財産分野でもアジアの中心となることを目指すシンガポールにおいて、司法省のもと、「知的財産権の権利化過程」と「裁判所などでの紛争解決・法執行」とを一体的に政策立案しているのとは、対照的となっている[32]。
知的財産権を業務分野とする国家資格には以下のようなものがあり、それぞれの業務範囲は次のとおりである。
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