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石川総朋

日本の江戸時代中期~後期の武士 ウィキペディアから

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石川 総朋(いしかわ ふさとも)は、江戸時代中期の旗本。忠明系石川家(大久保家)3代。大久保の家号を石川と改めた。

概要 凡例石川 総朋, 時代 ...

生涯

正徳2年(1712年)大久保総比の長男として誕生した。享保13年12月7日(1729年1月6日)将軍徳川吉宗に拝謁し、父死去に伴い享保15年9月2日(1730年10月13日)家督を継いだ。享保17年閏5月2日(1732年6月23日)弟石川総共が旗本である保久石川家の家督を継ぎ、元文元年2月25日(1736年4月5日)には弟総候が本家筋にも当たる常陸下館藩の養嗣子となった。なお、総共養子入り直後の享保17年11月7日(1732年12月23日)、家号を石川に改めた。明和元年8月13日(1764年9月8日)致仕し、安永2年5月17日(1773年7月6日)死去した。長男石川総相が家督を継いだ。

参考文献

関連項目

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