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石鎮衡

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石 鎮衡(ソク・ジンヒョン、1877年10月-1946年)は、大韓帝国日本統治時代の朝鮮法学者政治家官僚全羅南道忠清南道知事正四位勲三等本貫忠州石氏[1]

概要 石鎮衡, 各種表記 ...

略歴

朝鮮王国京畿道に生まれる。日本に留学し、1902年和仏法律学校(現・法政大学)を卒業する。卒業後、朝鮮に帰国し、法官養成所京城専修学校などで法律学の教官に就任する。

1906年梅謙次郎の韓国政府法律顧問への就任にともない、その通訳及び不動産法調査会の調査委員に就任する。

韓国併合後は全羅南道参与官などを経て、1924年に忠清南道知事(-1926年)、1926年に全羅南道知事(-1929年)に就任し、1929年に退官する。

その後、東洋拓殖監事[2]、北鮮酒造社長などを歴任した。[3] 

韓国での評価

2007年韓国大統領直属機関の親日反民族行為真相糾明委員会は、朝鮮総督府の諮問機関だった中枢院の幹部や巡査、報道関係者を含めた「親日反民族行為」の第2期3次調査対象者110人を確定したと明らかにしたが、その調査対象者に金應善李載覚金時権などとともに石鎮衡の名前も上がった[4]

著書

  • 『債權法 第一部』
  • 『平時国際公法』

参考文献

注釈

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