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福田俊
日本のプロ野球選手 ウィキペディアから
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福田 俊(ふくだ すぐる、1996年12月14日 - )は、北海道札幌市手稲区出身[2]のプロ野球選手(投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。
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経歴
要約
視点
プロ入り前
札幌市立手稲山口小学校1年で野球を始める[3]。小学4年のときに神奈川県小田原市に転居し[4]、中学時代は小田原ボーイズに所属[5]。横浜創学館高等学校では3年春の県大会ベスト8が最高成績であり[3]、甲子園出場経験は無し。3年夏は背番号10であり[5]、チームは県大会ベスト16であった[4]。
星槎道都大学へ進学すると、1年春から中継ぎで登板し[3]、3年秋の札幌六大学野球一部リーグでは最高殊勲選手に輝き、チームを優勝に導いた[4]。函館大学との北海道2連盟代表決定戦も制し、第48回明治神宮野球大会に出場すると、創価大学との初戦で公式戦初完封[6]。これがチーム通算6度目の出場で同大会の初勝利であった[7]。その後も勝ち進んで準決勝を突破し[8]、日本体育大学との決勝戦では3連投となる先発マウンドに上がったが[9]、4回1死から先制の2点本塁打を打たれ、直後に降板[10]。北海道勢初の全国優勝とはならなかったものの[11]、全国準優勝は道勢最高成績であった[4]。同大会終了後の11月下旬に、左足小指付け根外側の遊離骨を除去する手術を受け[12]、冬場の投げ込みができなかったことで4年春は不調が続いたが、夏場にフォームを修正し、4年秋には復調を見せた[4]。大学4年間ではリーグ戦通算13勝4敗を記録[3]。
2018年10月25日に開催されたドラフト会議にて、北海道日本ハムファイターズからドラフト7位指名を受け[3]、11月16日に契約金2000万円・年俸700万円(いずれも金額は推定)で仮契約を結んだ[13]。背番号は40[14]。
日本ハム時代
2019年は開幕を二軍で迎え、5月26日に出場選手登録されたが[15]、登板機会は無く[16]、6月3日に登録抹消[17]。その後の一軍再昇格は果たせず、ルーキーイヤーは一軍登板なしに終わった。二軍(イースタン・リーグ)では51試合に登板し、2勝4敗5セーブ・防御率4.90という成績であり[18]、オフに現状維持となる推定年俸700万円で契約を更改した[19]。
2020年は新型コロナウイルスの影響で開幕延期・120試合制の短縮シーズンとなり、6月19日の開幕は二軍で迎えたものの、二軍では3試合の登板で無失点を記録すると[16]、7月4日に堀瑞輝が背中の張りで離脱し[20]、堀に代わる左の中継ぎとして翌5日に出場選手登録[21]。7月7日のオリックス・バファローズ戦でプロ初登板を果たし[16]、11日の同カードではプロ初ホールドを記録した[22]。9月27日に出場選手登録を抹消されるも[23]、10月20日に再登録となり[24]、この年は一軍で30試合に登板。0勝0敗2ホールド・防御率3.26という成績を残し[25]、オフに550万円増となる推定年俸1250万円で契約を更改した[26]。
2021年は初の開幕一軍入りを果たすも[27]、5試合の登板で防御率11.57と振るわず[28]、4月9日に出場選手登録を抹消された[29]。二軍では35試合の登板で防御率3.89という成績[30]で一軍再昇格を果たせずにシーズンを終え、オフに150万円減となる推定年俸1100万円で契約を更改した[31]。
2022年は開幕を二軍で迎え、6月3日に出場選手登録[32]。翌4日の阪神タイガース戦でシーズン初登板となり、1イニングを無失点に抑えると[33]、この試合も含めて13試合に登板し、自責点1と安定した投球を披露していたが[34]、7月18日に無症状ながら新型コロナウイルス陽性判定を受け[35]、翌19日に特例2022により出場選手登録を抹消された[36]。抹消後の一軍登板はなくシーズンを終えたものの[34]、この年は13試合の登板で0勝0敗3ホールド・防御率0.87を記録し[37]、オフに100万円増となる推定年俸1200万円で契約を更改した[38]。
2023年3月6日にトレードによる移籍で福田光輝が入団したことで[39]、報道上の表記およびスコアボード上の表記が「福田俊」となった。開幕を二軍で迎え、開幕直後には右膝裏の肉離れを発症したが[40]、二軍では11試合・13回2/3を投げて17奪三振・防御率1.32と結果を残し[41]、6月9日に出場選手登録[42]。翌10日の阪神戦、1点ビハインドの5回表二死満塁、右打者の渡邉諒を迎えた場面でシーズン初登板。渡邉が左投手を苦手としていることから抜擢され[43]、空振り三振に打ち取った[41]。その後はワンポイント[44]やロングリリーフ[45]と多様な役割をこなしながら無失点投球を継続し、8月4日の福岡ソフトバンクホークス戦では同点の延長11回表に登板[46]。1奪三振を含む3者凡退に抑えると、直後の攻撃でチームがサヨナラ勝ちを収め、福田にプロ初勝利が記録された[47]。シーズン終了まで一軍に帯同し、東北楽天ゴールデンイーグルスとのレギュラーシーズン最終戦でも無失点に抑え、宮西尚生が保持する『開幕から29試合連続無失点』の球団記録に並んだ[48]。この年は29試合に登板し、1勝0敗3ホールド・防御率0.00を記録[49]。オフに1000万円増となる推定年俸2200万円で契約を更改した[50]。
2024年はオープン戦で7試合に登板するも防御率6.43と結果を残せず、開幕を二軍で迎えた[51]。4月16日に出場選手登録され[52]、翌17日のソフトバンク戦で同点の11回表、無死一・二塁のピンチを招いたマーフィーの後を受けてシーズン初登板となり[53]、一死満塁から栗原陵矢をセカンドゴロに打ち取ったものの、内野が前進シフトを敷いておらず、勝ち越し点を献上[54]。続く打者には適時打を打たれ[53]、チームはこの回2点を失ったが、直後に同点に追いついて引き分けとなった[55]。4月25日の楽天戦にも登板したが[56]、この2試合のみで5月1日に登録抹消[57]。7月27日終了時点では、二軍で22試合に登板して防御率4.09[58]と抹消後は不調が続き、一軍へ再昇格することができずにシーズンを終えた。
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選手としての特徴・人物
持ち球は最速149km/h[注 1]のストレート、スライダー、フォーク[60]。
身長は171cmと小柄だが[61]、左のスリークォーター[62]から投げ込むキレのある球で打者と勝負する[61]。
愛称は「福ちゃん」[63]。
詳細情報
年度別投手成績
- 2024年度シーズン終了時
年度別守備成績
- 2024年度シーズン終了時
記録
- 初記録
- 初登板:2020年7月7日、対オリックス・バファローズ1回戦(京セラドーム大阪)、8回裏に4番手で救援登板、1回1失点[16][64]
- 初奪三振:同上、8回裏にT-岡田から空振り三振[65]
- 初ホールド:2020年7月11日、対オリックス・バファローズ5回戦(京セラドーム大阪)、6回裏一死に3番手で救援登板、1/3回無失点
- 初勝利:2023年8月4日、対福岡ソフトバンクホークス15回戦(エスコンフィールドHOKKAIDO)、11回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点[66]
- その他の記録
背番号
- 40(2019年 - )
登場曲
脚注
関連項目
外部リンク
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