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荒尾成利
日本の安土桃山時代~江戸時代前期の武将 ウィキペディアから
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荒尾 成利(あらお なりとし)は、江戸時代前期の鳥取藩家老。米子荒尾家初代。池田輝政の従弟にあたる。
生涯
天正17年(1589年)、池田家家老・荒尾成房の長男として誕生した。
慶長19年(1614年)、大坂冬の陣の際、主君・池田忠継に従い出陣し、大和田攻略では右手の大将を務め武名を上げた。寛永2年(1625年)父・成房の隠居により家督を相続する。寛永7年(1630年)に成房の死去によりその隠居料も相続し、知行1万3000石となる。
寛永9年(1632年)、岡山藩主であった池田忠雄が死去すると、家督を継いだ光仲は因幡国、伯耆国に転封されることとなった。転封後は伯耆米子城代となり、弟・嵩就と共に幼い藩主・光仲を補佐し、政務を執り行った。慶安2年(1649年)、因幡東照宮造営の本奉行を務める。
後に、藩主親政を志す光仲と対立することとなり、承応元年(1652年)家老職を罷免、隠居を命じられ、家督を嫡男・成直に譲る。
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脚注
出典
関連項目
演じた俳優
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