トップQs
タイムライン
チャット
視点
荻野賢次郎
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
Remove ads
荻野 賢次郎(おぎの けんじろう、1991年9月14日 - )は、京都府与謝郡野田川町(現・与謝野町)出身の元サッカー選手。ポジションはゴールキーパー(GK)。
Remove ads
経歴
ユース時代
1991年9月14日、京都府与謝郡野田川町(現・与謝野町)に生まれた[1]。小学3年時に野田川サッカー少年団でサッカーを始め、中学年代ではクラブチームではなく与謝野町立江陽中学校に所属し、本格的にゴールキーパーを任せられた。中学3年時には江陽中学校が約10年ぶりに京都府大会に出場するが、1回戦負けを喫している[1]。その後京都府立峰山高等学校に進学したが、高校時代に全国大会への出場経験はない[1]。高校3年時にはU-18日本代表に選出され、AFC U-19選手権予選に出場した。
シニア時代
峰山高校卒業後の2010年(平成22年)にはJ1のセレッソ大阪に入団したが、セレッソ大阪在籍時の3年間は公式戦の出場がなかった。2013年(平成25年)にはトライアウトを経てアルビレックス新潟シンガポールに加入し、2年目のシーズンには半分以上の試合に出場した[1]。2015年シーズン終了後にはアルビレックス新潟シンガポールを契約満了で退団した[2]。
2016年には日本フットボールリーグ(JFL)のMIOびわこ滋賀にアマチュア契約で加入し[3]、介護施設でアルバイトを行いながらプレーしたが[1]、2016年シーズン終了後に退団した[4]。2017年、セレクションを経てカンボジア・リーグのアジア・ユーロ・ユナイテッドに加入し、日本語学校の講師などのアルバイトを行いながらプレーした[1]。2018年には2年契約でアンコールタイガーFCに加入し、サッカーに専念できる給料を得ることができた[1]。
2019年1月、アンコールタイガーFCを退団した[5]。同年3月にはカンボジア人と結婚した[6]。同年5月には四国サッカーリーグのFC徳島に加入した[7]。2020年には四国サッカーリーグで優勝し、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ2020に出場した。
2022年12月3日、現役引退が発表された[8]。
Remove ads
所属クラブ
- 2000年 - 2003年 野田川少年サッカー少年団
- 2004年 - 2006年 与謝野町立江陽中学校
- 2007年 - 2009年 京都府立峰山高等学校
- 2010年 - 2012年
セレッソ大阪
- 2013年 - 2015年
アルビレックス新潟シンガポール
- 2016年
MIOびわこ滋賀
- 2017年
アジア・ユーロ・ユナイテッド
- 2018年 - 2019年1月
アンコールタイガーFC
- 2019年5月 - 2022年
FC徳島
個人成績
代表歴
- 2009年 U-18日本代表
脚注
関連項目
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads