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金子一平 (政治家)
政治家 ウィキペディアから
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金子 一平(かねこ いっぺい、1913年〈大正2年〉2月12日[1] - 1989年〈平成元年〉3月23日[2])は、日本の政治家、大蔵官僚。衆議院議員(9期、自由民主党)。
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来歴・人物
岐阜県吉城郡国府村(現・高山市国府町)出身[1]。旧制斐太中学校、旧制浪速高等学校文科甲類を経て[3][4]、東京帝国大学法学部3年在学中に高等文官試験行政科、4年時に高文司法科・外交科合格。東京帝大卒業後の1937年 大蔵省入省。理財局外国為替管理部属[5]。
大蔵省出身の窪谷直光初代警察予備隊経理局長の下で会計課長、他に名古屋財務局直税部長などを経て、1960年の第29回衆議院議員総選挙に、旧岐阜2区から出馬し初当選。当選9回。自民党内では宏池会(池田勇人→前尾繁三郎→大平正芳→鈴木善幸派)に所属。党内きっての財政、税制通として知られ、第1次大平内閣の大蔵大臣、第2次中曽根改造内閣の経済企画庁長官、自民党税制調査会長などを歴任。1986年春の叙勲で勲一等旭日大綬章受章。同年、長男の一義に地盤を譲り政界引退[6]。
1989年3月23日、心不全のため死去[6]。76歳没。死没日をもって従五位から正三位に叙される[7]。墓所は高山市立国府小学校の裏に建てられている。
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脚注
参考文献
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