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竹山 広(たけやま ひろし、1920年(大正9年)2月29日 - 2010年(平成22年)3月30日)は、日本の歌人。本名は竹山 廣(たけやま ひろし)。
原爆歌人として名高いが[1]、格調高い自然詠、エスプリの効いた社会詠、身の周りのことを題材にしたユーモラスな日常詠も数多く詠んでいる[2]。また、詠んだ短歌を基にした合唱曲がつくられたことでも知られている[3]。第一歌集を出版したのが61歳というかなり遅咲きの歌人である[2]。本名は旧字体の「竹山廣」だが[1]、筆名としては新字体の「竹山広」名義を用いることが多かった。
1920年、長崎県北松浦郡南田平村(現、平戸市田平町)にて生まれた。隠れキリシタンの家柄であったという。
1945年、肺結核で喀血し、長崎市浦上第一病院に入院した。退院予定日の8月9日、長崎市に原子爆弾が投下され、爆心地から1.4キロメートルの地点にあった病院にて被爆した[2]。奇跡的に軽傷で済むが、退院する竹山を迎えに来るはずだった兄を目の前で喪った[1][2]。
1958年、『短歌風光』に初めて原爆詠を発表。
1964年、長崎市にて印刷業を開業した。並行して短歌にも精力的に取り組む。
1981年、第1歌集『とこしへの川』を発刊し、歌壇にデビュー。同年、第2回長崎県文学賞を受賞。以降は各文学賞を相次いで受賞。
1996年、第4歌集『一脚の椅子』により、第4回ながらみ現代短歌賞を受賞。
2002年、『竹山広全歌集』にて、第13回斎藤茂吉短歌文学賞、および、第17回詩歌文学館賞を相次いで受賞[3]。
2008年、久間章生の「原爆しょうがない」発言を批判する歌などを収めた第9歌集『眠つてよいか』を刊行。
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