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阪急バス豊能営業所 (はんきゅうバス とよのえいぎょうしょ) は、大阪府豊能郡豊能町希望ヶ丘5丁目7番1号にある、阪急バスの営業所。
1989年5月に茨木営業所が新設した北大阪ネオポリス線の増便に対応すべく、1990年3月9日に同営業所の出張所的役割をもって開設した[1]。
なお、運行管理業務は1999年10月9日から阪急田園バスに委託していたが[2]、2019年7月1日に同社との合併により直営化[3]。
北大阪ネオポリスと通称される豊能町希望ヶ丘地区を初めとして、豊能町や茨木市北部、箕面市北部といった山間部へ向けた路線を受け持つ。他の山間路線を持つ営業所と比べると、その路線環境の劣悪さは群を抜くものがある。
また、2007年5月からは箕面有料道路を経て新興住宅地の箕面森町への輸送を受け持つようになった。箕面森町方面への輸送を受け持つ車両は、同地区内に新設された箕面森町出張所[注 3]に駐在する。
豊能営業所は北大阪ネオポリス線・忍頂寺車作線などを、箕面森町出張所は箕面森町線・豊能西線などを担当する。如意谷線は両者の共管。
山間路線のため運賃は原則対キロ区間制運賃を適用しているが、箕面萱野駅や茨木市駅・茨木駅付近など都市部においては特殊区間制運賃となる[4]。
北摂の主要駅である箕面萱野駅や阪急池田駅から、箕面市東・北部、茨木市北部および豊能町の住宅団地である北大阪ネオポリスならびに町役場の最寄り停留所となる余野の3市1町を跨ぐ全長約20km以上に及ぶ長大な住宅団地輸送路線である。
箕面萱野駅発着が基本だが、運行エリアが多岐かつ広範囲に渡ることから、阪急池田駅及びJR茨木駅・阪急茨木市駅へと向かうため、途中の「余野」や「千提寺口」停留所で乗り継ぎを行う乗客も多い[注 4]。
山岳区間では冬場に積雪や道路の凍結による交通障害が発生することが多く、タイヤチェーン装着による運行が多い。積雪が20cmを越える場合には運休することもあるが、天災や崩落事故などによる道路の規制や封鎖時においても、広域的に迂回[注 5]を行うなどの方策を柔軟に執っている。
前述の通り、1989年5月24日に茨木営業所によって25[注 6]・26系統が開設されたことが始まり。1994年に勝尾寺・高山経由の27系統[注 7]を、1997年12月に粟生団地を経由する28系統を新設。以降、朝夕ラッシュ時は希望ヶ丘輸送を重視して25系統を、昼間には28系統を中心に運行していた。
2016年6月6日[5]に開設後初となる大改正が行われ、ほとんどの便で粟生間谷西四丁目 - 泉原間のルートが彩都トンネル・彩都西駅・大阪府道1号茨木摂津線・茨木市道佐保26号経由に変更された。経路変更を求める声が住民から根強く出ていた箕面有料道路・止々呂美地区経由便についても朝夕のラッシュ時の一部のみであるが実現[注 8]。また、土曜ダイヤと日祝日ダイヤの統合が行われ、土休日ダイヤに一本化された。25系統は平日に3便のみとなり、同系統の希望ヶ丘四丁目 - 余野の区間便や27・28系統は廃止された。
2017年6月1日[6]には、粟生団地を経由する便が増便された。
運行開始以降、池田駅発着の26・126系統を除き長らく千里中央発着[注 9]であったが、北大阪急行延伸による2024年3月23日改正で全便箕面萱野駅発着に短縮され、同時にそれまで当路線の区間便として朝夕に運行されていた彩都粟生南経由彩都西駅発着の区間便を茨木営業所担当の彩都線へ移管[注 10]、一部便にて実施されていた外院 - 粟生間谷西四丁目で粟生団地への立ち寄りの取りやめといった再編がなされた。
彩都西駅・彩都粟生南地区へのアクセス系統で、豊能営業所は希望ヶ丘発着の24系統を主に担当する。箕面萱野駅 - 彩都西駅 間は、23系統の茨木営業所担当便と合わせると、日中でも1時間に2本という頻度の運行になる。
白島 - 止々呂美南間を箕面有料道路経由で無停車とした箕面萱野駅 - 希望ヶ丘 間の速達系統。毎日午前中に箕面萱野駅行き、夕方に希望ヶ丘行きが数本ずつ運行される。
池田駅を発着する系統で、時刻表や系統路線図では運行開始から現在に至るまで「東能勢線」・「北大阪ネオポリス線」の両方に掲載されている。
阪急池田駅方面は、西本町から降車専用停留所の「栄町」を経由してから阪急池田駅に向かうが、朝ラッシュ時[7]とがんがら火祭り開催時間帯は経由しない。経由しない便は、側面に「直行」と表示される。
なお、同じく同駅を発着する東能勢線伏尾台系統は、2024年3月23日の改正時に石橋営業所へ移管された。
茨木市街地から、同市北部や豊能町東部の山間部へと向かう路線。茨木営業所と共同管轄。前述の北大阪ネオポリス線とともに茨木市北部住民の足となっている。地元で設立された京阪自動車の路線として開設、その後阪急バスに譲渡された。
かつては忍頂寺線及び車作線と独立した路線であったが、現在は当路線の忍頂寺系統あるいは車作系統という扱いになっている[9]。
茨木市北西部や豊能町東部の山間部へと向かう系統。
1997年12月から2015年3月までは途中の忍頂寺で系統を分割していた。このため、茨木 - 忍頂寺間の81系統と忍頂寺 - 余野間の138・139系統は相互接続路線に指定され、所定の乗車方法を用いると茨木 - 余野間を通し運賃で利用できた。この乗り継ぎは北大阪ネオポリス線の乗客も対象であった。
前述の忍頂寺から銭原方面への乗り継ぎ便として設定されていた当時は全便忍頂寺発着であり、81系統の一部が銭原経由で余野まで直通するようになったことで一度廃止された。約9年後の2024年3月23日改正で81系統の茨木市駅 - 銭原方面直通が廃止された代わりに、当系統が起点を彩都西駅に延長の上再設定された。
茨木市街地から「ダンプ街道」と呼ばれる大阪府道46号を経由して、茨木市北東部の車作集落方面へと向かう系統。
山岳区間は対面通行で道路幅も狭いため、大型車がバスの通行を優先する取り決めがあった。
古くは車作からさらに先の竜仙峡や京都府亀岡市の南掛地区まで路線が延びていたが、乗客の減少や沿線にある安威川ダムの工事で府道46号の架け替えが行われたため、2007年7月1日以降は現在の車作発着に短縮されている。
同線の系統の中で当営業所が管轄しているのは、千里中央・北千里・箕面萱野の各駅から勝尾寺を経て大阪北摂霊園・北大阪ネオポリスへと向かう29・30系統。茨木管轄の同線各系統とは運行形態が全く異なり、実態としては別路線である。
豊能町高山地区の嘆願により、回送路だった霊園事務所前 - 高山 - 豊能営業所間を2000年に営業路線化した。
2009年4月29日には従来の54系統を廃止するとともに、北千里・千里中央 - 粟生団地間を特急化した29系統を新設し速達化を図った。
2024年3月23日の改正時に、箕面萱野駅を経由するルートに変更された。千里中央から萱野方面へ向かう殆どの路線が改正時に同駅への乗り入れを取りやめたのに対し、この系統に限っては、同駅乗り入れを維持している。また、粟生団地・奥経由から粟生間谷西四丁目経由へのルート変更も同時に実施された。
正月三が日には、勝尾寺への初詣客により周辺の道路で渋滞が発生するため、その回避策として迂回運行を行っている。
2024年10月1日実施の運賃改定により勝尾寺停留所で乗降する場合に限り、京都市交通局の観光特急が活用した国交省の制度(特殊割増)[10]を適用し運賃が大幅に引き上げられる。
箕面萱野駅から至近距離の丘陵部にある住宅地・ルミナス箕面の森や如意谷住宅へのアクセス路線。
北急延伸前は千里中央発着であったが、延伸で最寄りの駅が一気に近くなったことから需要が不透明なため、一部時間帯を除き本数は概ね維持しつつも社会実験路線の扱いとなった。この改正で石橋営業所から当営業所に移管された。
当営業所管内では唯一の、大人230円・小児120円の均一運賃。
2007年秋に街開きした「箕面森町」の住民向けとして、同年5月に開業した箕面有料道路を介して駅と結ぶ路線。
箕面萱野駅から先、箕面有料道路を経由して箕面市止々呂美地内に入り、国道423号(旧府道豊能池田線)のバイパスを通ってバイパスの北端の中止々呂美から箕面森町へと入っていく。
街開きに先んじて2006年9月に大阪府がバス輸送事業者の公募を実施し、同年11月29日に阪急バスが選ばれた[13]。この時点では運行本数を毎時2 - 3本、一日あたり40本ほど運行するという計画が発表されていた。
2007年10月1日にその約半分の17往復で暫定運行を開始し、2008年3月20日のダイヤ改正以降はほぼ想定通りの水準まで増便している。この改正時には「とどろみの森学園前」停留所が新設されている[注 14]。さらに2010年3月20日のダイヤ改正では、箕面森町街区内への路線延伸・停留所新設および早朝5時台の始発便の繰り上げ、土曜ダイヤと休日ダイヤの統合などが行われた[14]。
その後も本数を増やし続け、2020年4月4日のダイヤ改正では、平日朝ラッシュ時の千里中央行きの増発、同時間帯の近隣公園前発の一部便に地区センターを経由しない直行便の新設、森町中三丁目 - 森町里山住宅口間に「里山そらテラス」停留所の新設が実施された。同停留所は日中の4往復のみ経由する。
2022年2月15日に、箕面森町近隣公園前の停留所名が「森町中央公園」に変更された。
ネオポリス線同様、北急延伸時に発着地を千里中央から箕面萱野駅に変更。彩都方面の路線とは異なり、モノレールとの連絡停留所は失われた。
2012年12月10日改正で、前日付で廃止の能勢営業所から移管された路線の一つ。路線自体は2011年12月10日より運行されている。東ときわ台線と新光風台線を統合し、箕面森町地区へ接続するよう再編された。
本路線の新設により光風台駅との接続が主体となった。唯一の妙見口駅発着便となった7系統は、同線の新設後は平日朝ラッシュ時のみの運行となったが、豊能町の交通再編計画[15]に基づき、2022年7月1日の改正で廃止された。
能勢営業所からの移管路線の一つ。京都交通(現・京阪京都交通)が運行していた吉川線・森上線・野間線が2003年6月末に廃止されたのを受け、能勢町東郷・歌垣地区の公共交通機関確保のため、運行に係る経費を能勢町が一部補助することにより、翌7月1日から運行を開始した[注 15]。2011年12月10日のダイヤ改正で、箕面森町地区センターへの乗り入れを開始した。
継承後の運行ルートと本数は多少異なるが、旧吉川線(吉川 - 本梅車庫前間)の奥田橋以南と森上線(吉川 - 今西間)で、メインの循環系統は妙見口駅(旧吉川停留所)から国道477号を走行し、倉垣からは府道732号と106号回りで奥山内・奥田橋まで向かい、奥田橋からは再び国道477号から妙見口駅まで戻るルートとなっており、1日8便運行されていた。
2024年3月29日の運行を最後に廃止[注 16]。能勢町による路線維持費補助の見直しにより、2024年4月からは定時定路線型の乗合タクシーへ移行。
別名「豊能町巡回バス」で、豊能営業所管内では唯一だったコミュニティバス路線。2007年秋には試験運行、2008年春の本格的な運行開始を目指していたが、町との調整が遅れたため、2008年6月から運行が始まった。
豊能町が阪急バスに運行を依頼し、1996年5月2日にマイクロバスにより貸切運行された「豊能町公共施設巡回バス」がルーツである。この頃は茨木営業所の貸切部門が担当していたが、2002年5月に一般乗合路線「豊能町内線」となり、この際に豊能営業所に管轄が移された。この移管の際に、老人福祉センター「永寿荘」送迎便が「東地区巡回バス」となり、従来の「東西巡回バス」も経路変更等が行われた。
また2005年には豊能町立高山小学校閉校による高山地区通学系統や西地区巡回バスが開設して、現在に至る。箕面森町内に止々呂美 - 東ときわ台の新道が開通したため、東西巡回バスの経路はこの新道経由に変更された。
なお、同線は2015年4月1日に、ときわ台駅 - 箕面森町地区センター - 中止々呂美 - 箕面病院に経路変更の上、「豊能町リレー便」として運行開始されたが、町の再編計画の都合により、2022年6月30日の運行を最後に廃止された。
2020年6月現在、豊能営業所には20台、箕面森町出張所には17台の配置があり、大型4メーカー(三菱ふそう・日野・いすゞ・日産ディーゼル)が揃う[18]。長時間乗車になる路線環境を考慮し、2人掛けシートが多い車両も導入されている[19]。
箕面森町出張所には、大型車で箕面森町線向けの日産ディーゼル・スペースランナーRAや三菱ふそう・エアロスター、関西大倉高等学校のスクールバスの予備車だった日野・ブルーリボンⅡが配置されている。また、豊能西線向けに日野・レインボーや三菱ふそう・エアロミディなどが配置されている。以前は、豊能町巡回バス向けの三菱ふそう・ローザが配置されていた。
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