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いのちのとりで裁判

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いのちのとりで裁判(いのちのとりでさいばん)とは、2013年(平成25年)8月から順次開始された生活保護生活扶助基準引下げに対して、は取り消すよう被保護者が全国各地で起こした裁判群の通称である。

背景

引き金
元・朝日新聞記者でフリー記者の阿久沢悦子によると、2011年(平成23年)に「生活保護の被保護者が過去最多になった」との報道が引き金になったという[1]
2008年(平成20年)から2011年(平成23年)にかけて4.78%も物価が下落しているとする「デフレ調整」であったが、この「デフレ調整」は専門家部会の審議を経ずに、部会の報告書が発表された後に「厚生労働省の事務方が、独自に開発した物価指標を用いて実施したもの」だった[2]
2012年(平成24年)3月、当時野党だった自由民主党に「生活保護に関するプロジェクトチーム」(座長:世耕弘成)が設置され、生活保護基準の引き下げや不正受給対策の厳格化を提言した。同時期に芸能人が生活保護制度を利用していて、適正な利用だったが、あたかも不正受給であるかのようなバッシングが巻き起こった[3]
10%引き下げの選挙公約
2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で、自由民主党が「生活保護基準の10%引き下げ」などを選挙公約に掲げて選挙戦を戦った結果、政権復帰を果たした[3]。2012年(平成24年)12月26日に成立した第2次安倍内閣による同年の第46回衆議院議員総選挙における「生活保護費の1割カット」の公約が強行された。
その後、2013年(平成25年)1月にとりまとめられた「社会保障審議会生活保護基準部会における検証結果や物価の動向を勘案する」という考え方に基づき、必要な適正化を図るため見直しが行われた。生活保護費のうち、主に生活扶助の食費・被服費等、光熱費・家具什器等に充てる生活扶助基準を減額することを決定した。
引き下げの実施
2013年(平成25年)8月から順次開始され、約3年かけて、2012年度ベースに対して基準生活費の平均6.5%、最大10%を減額、削減を実施し[4][5]。厚生労働省は与党・自由民主党の要求「10%」に対して「平均6.5%」と、引き下げ割合の縮小に成功した。
しかし、フリーランスライターの、みわよしこは「低所得層にとっての『平均6.5%』は、まさしく生存を削る重みがある。厚労省に感謝はできない」と語る[5]。生活保護法制定以来、生活扶助が引き下げられたのは、2003年度及び2004年度で、その率もそれぞれ0.9%、0.2%。今回は前例のない大幅引下げだった。
生活保護者による訴訟
2014年(平成26年)以降、全国各地の1,000名を超える被保護者が、日本国憲法第25条が保障する生存権の侵害ではないかと裁判を起こした[6][7][8]
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引き下げ額

2025年(令和7年)6月1日、時事通信社の試算によると、2018年(平成30年)までの約5年間で総額計2,900億円規模の減額になることが判明している[9]

下記は、厚労省の出した数字ではなく、時事通信の試算である。この試算について、厚労省の担当者は「厚労省の出した数字ではないが、間違いだとも言えない」と話している[10]

  • 2013年度 約150億円 (8月以降の10か月分)
  • 2014年度 約410億円
  • 2015年度 約670億円 (約10.0%減額)
  • 2016年度 約670億円 (約10.0%減額)
  • 2017年度 約670億円 (約10.0%減額)
  • 2018年度 約335億円 (9月迄の5か月分)

訴訟

受給者は経済的に余裕がなく、弁護士の多くは持ち出しで請け負っている。原告側が、複雑で巧妙な統計操作のカラクリを解明し、裁判所に対し説得力を持って説明できるようになるまでには、膨大な時間と労力を要した[8]。訴訟中に次のような異常なことが起こった。

被保護者等に対するバッシング
世間でこの裁判の報道がなされる度に一部で「(被保護者は)裁判する暇があるなら働け」といった批判の声が起こった。行政書士の三木ひとみは「憲法はすべての人に『裁判を受ける権利』を保障している(日本国憲法第23条)」と語る[8]
判決文のコピペ疑惑
2021年(令和3年)12月に信濃毎日新聞が、原告側敗訴とした3件の判決文が酷似しているとして、コピペの疑いがあると指摘した。福岡地方裁判所の判決文を京都地方裁判所金沢地方裁判所が使い回した疑惑があるという。いずれも「NHK受信料」を「NHK受診料」と誤記しており、誤記を含む文章もほぼ同じだったことからである[11]

判決

2025年(令和7年)6月27日、最高裁判所で「生活保護費の減額は違法」との判決が出された[12]。なお、国家賠請求については棄却されている。

最高裁による「原告勝訴」判決は出たものの、いのちのとりで訴訟の原告1,027人のうち、22.5%にあたる232人がすでに他界していた[13]。亡くなった者への遺族に、生活保護費の減額分が支給されるかは、2025年11月現在は不明である。

原告勝訴の最高裁判決によって、全国各地で行われていた他の「生活保護費の減額訴訟」にも、大きく影響があり「原告勝訴」の流れが普及していった。

要点

厚生労働省が「デフレ調整」と称して価格下落の激しい電化製品などを極端に重視し、生活保護受給世帯の物価下落率を4.78%と異常に高く算出した手法について

  • 物価変動率のみを直接の指標として用いたことは従来なかった
  • 専門的知見との整合性を欠く
  • 基準生活費を一律4・78%も減ずるものであり、受給者の生活に大きな影響を及ぼす
とし、厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があり、生活保護法第3条、同第8条2項に違反しているとした[14]

その一方で、最大引き下げ額の670億円のうち、受給者間の均衡を図る「ゆがみ調整」(約90億円削減)については、違法と認定しなかった。

訴訟意義

社会学者の今野晴貴は訴訟意義についてこう語る[15]

  • 生活保護はナショナル・ミニマムとして各種の社会保障制度と連動していることから、最高裁判決が広く一般市民の生活を守るための重要な要素になった。
  • 自由民主党の生活保護基準引き下げ公約と生活保護バッシングののちに、命の線引きを公然と主張し、生存権を否定する言動が日本社会で起きていたが、それらの動きに対する社会運動が組織された。
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判決後

政府からは謝罪なし
東京新聞によると、最高裁判所の判決から10日が過ぎても、政府は依然として生活保護の被保護者に謝罪せず、違法減額された分の保護費をどう支払うか明らかにしなかった。厚生労働大臣福岡資麿は判決後に謝罪せず、専門家審議会を設置して今後の方針を検討すると表明した。
本訴訟の原告たちは2025年(令和7年)7月7日、厚生労働省に「謝罪と専門家審議会の設置方針の撤回、違法と指摘された保護費の差額分をさかのぼって支払うこと」を求めたものの、対応したのは大臣副大臣政務官を務めている国会議員でなく省職員だった[16]
同年7月20日に第27回参議院議員通常選挙が行われたが歴史的な判決が出た直後だというのに、7月8日時点の状況だが、自民立憲公明維新国民民主共産れいわ社民参政保守各党は沈黙していた[17]
同年7月15日、石川県内に住む生活保護被保護者と弁護団は生活保護費の減額分の支給を求めていて、金沢市に独自の支援策の実施を要望した。金沢市は国の方針を受けて速やかに対応したいとした[18]
専門家委員会の発足
同年8月13日、厚労省は東京大学名誉教授の岩村正彦を委員長とした専門委員会の初会合を開いた。9人のうち6人は、生活保護の金額の基準を定期的に評価、検証する厚労省の生活保護基準部会のメンバーが占めている[19]
当日、厚労省がある中央合同庁舎第5号館東京都千代田区霞が関)の前には原告や支援者らが集まり、「厚労省は最高裁での敗訴という現実に向き合うべき」と抗議の声が上がった。原告や支援者らでつくる「いのちのとりで裁判全国アクション」によると、単純に国が謝罪とともに、減額された保護費全額を遡及(そきゅう)して払うこと、ただそれだけなのに専門委の設置を表明したことも遺憾だという[20][21]
一方で、遡及支給が決定すれば、生活保護被保護者約200万人が対象となり、10年分に及ぶ支給作業で自治体の混乱も予想される[21]
弁護士JPニュースによると専門委員会メンバーは以下とおりである[21]
高市早苗総理による謝罪
同年11月7日、高市早苗内閣総理大臣は「過誤欠落があったと指摘されて、違法と判断されたことについては深く反省し、お詫びを申し上げます」と初めて謝罪した。厚生省は同日に当時の家計の状況などを踏まえ、少なくとも平均2.49%の引き下げとする案などを示した[22]
専門家委員会による4案
同年11月17日、有識者による専門委員会の報告書には、遡及支給額の減額を伴う以下の4案が示された[23]
  1. 原告については改定前基準との差額保護費を全額支給するが、原告以外については再処分を行う
  2. 原告についても原告以外についても、最高裁判決で違法とされなかった「ゆがみ調整(2分の1処理を含む)(※)」に加えて「デフレ調整」に代わる理由(低所得世帯の消費水準との比較)による再減額改定を行う
  3. 原告についても原告以外についても、ゆがみ調整のみを行う
  4. 原告についてはゆがみ調整のみを行い、原告以外については加えて再減額改定を行う
これに対し、原告団は「当時の受給者全員への全額支給」を訴えた。最高裁判決で5人の裁判官がそろって違法とした「デフレ調整」に代わる理屈を持ち出し、保護費を引き下げるという案については、「裁判で主張し、または主張しえた理由に基づく再減額改定は、判決で取り消された処分と同じ内容の再処分を行うことを禁じる反復禁止効や、紛争をなるべく1回の訴訟手続きで解決しようとする紛争の一回的解決の要請等に反し許されない」と訴えた[24]
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判決後の政府対応の問題点

最高裁の判決後に2.49%の再引き下げをすると表明した政府の対応には、下記のような問題が指摘されている[25]

賠償の遅延と引き下げ
今回の生活保護引き下げ訴訟については、判決から4ヶ月以上が経過してから謝罪がなされ、賠償に至っては一部の引き下げを認めた上での金額となった。今回と類似のケースとして、昨年7月に旧優生保護法についての最高裁違憲判決が出た際には、判決後すぐに謝罪と賠償が進められた。
ゆがみ調整の比較世帯の問題
引き下げの根拠となる「ゆがみ調整」とは、所得下位10%との比較を行う「水準均衡方式」を指すが、現状では生活保護の捕捉率(生活保護基準を満たしている者のうち、実際に保護を受けている者の割合)は2割程度である。所得下位10%層には「生活保護以下の生活に耐えている世帯」が多く含まれており[26]、そうした層と比較をすると、生活保護基準を際限なく引き下げることになってしまう。
国民全体の権利を低下させる
生活保護基準は、最低賃金や住民税非課税、国民健康保険料減免、就学援助などの様々な制度に連動している重要な「ナショナル・ミニマム」である。そのため、生活保護を切り下げると、その他の人々の生活も切り下げられてしまう。
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脚注

関連項目

外部リンク

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