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アジアゾウ

ゾウ科アジアゾウ属の哺乳類 ウィキペディアから

アジアゾウ
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アジアゾウ(亜細亜象、学名:Elephas maximus)は、アジアゾウ属に分類されるゾウ。現生種では本種のみでアジアゾウ属を構成する[4]アジア最大の陸生生物であり、ゾウ科の現生種では二番目に大きい。特徴的な長い鼻を持ち、先端の指のような突起は1つである。雄は長いを持つ。大きな耳は通常横方向に折りたたまれている。体にはしわがあり、体色は灰色だが、鼻と耳、首の一部は色素が薄い。雄成獣は体重4トン、雌成獣は2.7トンまで成長する。脳の大脳新皮質は大きく、よく発達している。知能が高く、自己認識能力を持ち、学習、挨拶も可能で、悲しみの感情を持つ。4つの亜種が知られている。

概要 アジアゾウ, 保全状況評価 ...

西はインドから東はボルネオ島まで、北はネパールから南はスマトラ島まで、インド亜大陸東南アジアに分布する。主に草原熱帯・亜熱帯湿潤広葉樹林、半常緑樹林、湿潤な落葉樹林熱帯及び亜熱帯の乾燥広葉樹林、乾燥した有刺林に生息する。草食であり、一日に150kg程度の草木を食べる。雌と幼獣は群れを作り、雄は単独で生活するか、雄だけの群れを作る。繁殖期には雄が雌たちの群れを訪れ、繁殖する。寿命は野生化では60年だが、飼育下ではより長寿の記録がある。しかし飼育下での寿命は一般的に短く、繁殖率が低いうえに死亡率も高いため、飼育下の個体数は減少している。

1986年以降国際自然保護連合レッドリストでは絶滅危惧種に指定されており、60-75年で個体数は少なくとも50%以上減少している。生息地の喪失、分断化密猟が脅威となっている。インダス文明の印章から、紀元前3千年紀から飼育されていたことが分かっている。

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分類

要約
視点

アジアゾウ属の模式種[4]。1758年にカール・フォン・リンネによって、スリランカの個体を基に Elephas maximus が記載された[7]ジョルジュ・キュヴィエは1798年に、Elephas indicus を記載した[8]コンラート・ヤコブ・テミンクは1847年に、スマトラ島の個体を基に Elephas sumatranus を記載した[9]Frederick Nutter Chasenは1940年にこれら3種を亜種とした[10]

以下の絶滅亜種を除いた分類はShoshani & Eisenberg(1982)およびShoshani(2005)、和名・英名はBarnes 犬塚訳(1986)に従う[4][3][5]

Elephas maximus maximus Linnaeus, 1758 セイロンゾウ Ceylon elephant
体重2,000 - 5,500キログラム[11]。耳介はもっとも大型[11]体色は亜種内では暗色で、頭部の色素が薄い部分が目立つ[11]。肋骨が19対[11]。オスでも多くの個体(約90 %)で牙が口外に出ない[5]
Elephas maximus indicus Cuvier, 1798 インドゾウ Indian elephant
体重2,000 - 5,000キログラム[11]。肋骨が19対[4][11]。体色は灰色で、セイロンゾウより明るく、スマトラゾウより暗い[4]
亜種E. m. bengalensisや亜種マレーゾウE. m. hirsutusはシノニムとされる。
Elephas maximus sumatranus Temminck, 1847 スマトラゾウ Sumatran elephant
スマトラ島[1]
体重2,000 - 4,000キログラム[11]。体色は亜種内では明色[11]。肋骨が20対[4][11]
Elephas maximus borneensis Deraniyagala, 1950 ボルネオゾウ Borneo elephant
ボルネオ島北部に分布し、主にマレーシアサバ州で見られるが、時折インドネシアカリマンタンでも見られる[12]。1950年にパウルス・エドワード・ピエリス・デラニヤガラによって、ナショナル ジオグラフィックに掲載されたイラストを基に記載された[13][14]。体は他の亜種よりも小さいが、耳は大きく、尾は長く、牙は直線的である[15]ミトコンドリアDNAの解析から、ボルネオゾウの起源はスンダ列島の個体群であり、大陸の個体群とは約30万年前の更新世に分岐したことが分かっている[16]

以下の絶滅した亜種が知られているが、現在はインドゾウのシノニムとされている[4]

進化

ゾウ科

アフリカゾウ属

パレオロクソドン

アジアゾウ属

マンモス属


形態学および分子系統解析によるゾウ科の系統樹

アジアゾウ属はマンモス属に最も近縁で、現生種はアジアゾウのみである。この2属は約700万年前に分岐したとされる[21]。アジアゾウ属は鮮新世サブサハラアフリカで生まれ、アフリカから南アジアへと進出した[22]Elephas ekorensis は原始的な種で、約500万-420万年前の東アフリカで生まれた[23]。アジアにおけるもっとも古い記録は Elephas planifrons のもので、約360万-320万年前の後期鮮新世のシワリク丘陵に分布していた[24]。現代のアジアゾウは Elephas hysudricus から進化したと考えられており、この種は前期-中期更新世のインド亜大陸に分布していた[25]。シリアゾウは化石記録から、紀元前1800-紀元前700年前まで、イランイラクシリアトルコに分布していたことが分かっている[26]

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形態

要約
視点
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若い雄成獣の骨格と人の比較
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頭部は色が薄くなる

一般的にアフリカゾウよりも小型で、背中は平坦または盛り上がっている。耳は小さく、後縁は折りたたまれている。肋骨は最大20対、尾椎は最大34個。前肢の蹄は5本、後肢の蹄は4本[4]。耳介は小型[6]。頭部には二つのこぶがあり、アフリカゾウでは平坦である[27]。鼻は長く、鼻先の指状突起は上部に1つあり、アフリカゾウでは上下に2つある[4]。アジアゾウの鼻は物を掴むというよりも、食物を巻き込んで口に運ぶ役割が大きい。筋肉の協調性が高いため、複雑な動きも可能となっている[28]

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肢には蹄がある

雌は牙を持たないか、あっても外から見えないほど短い。この短い牙は「tushes」と呼ばれ、長くても口を開ければ見える程度である[29]大臼歯の表面のエナメル質は数が多く、間隔が狭い[30]。牙を持たない雄も存在し、「makhnas」と呼ばれる。牙を持たない雄はセイロンゾウに多い[31]。牙の大きさの記録として、ヴィクター・ブルックが射殺した体高3.4mの雄の牙は、長さ2.4m、直径43cm、重さ41kgであった。長さ1.8m、重さ45kgの記録もあり、重さ68kgの記録もある[32]

体色は一般的に灰色だが、砂浴びや泥浴びによって、砂や泥で覆われていることもある。肌にはしわがあり、皮膚は伸縮性が高く、神経中枢が多く位置する。鼻はアフリカゾウよりも滑らかで、鼻、耳、首は色素が薄くなり、桃色に見えることもある。表皮真皮の厚さの平均は18mmだが、背中の皮膚では30mmあり、捕食者の攻撃や衝撃、悪天候から身を守っている。体のひだは表面積を増やし、熱放散の効率を良くする効果がある。暑さよりも寒さへの耐性が高い。皮膚の温度は24-32.9℃、体温は35.9℃である[4]

大きさ

雄成獣は平均して体高2.75m、体重4.0tに達し、雌成獣は雄より小さく、体高2.40m、体重2.7tに達する[33][34][35]。大きさの性的二形はアフリカゾウよりも小さく、アジアゾウでは雄が雌よりも平均して15%大きいが、アフリカゾウでは雄が平均して23%大きい[33]。鼻を含めた体長は5.5–6.5m、尾長は1.2–1.5mである[4]。鼻長は1.5-2m[36]。体重は最大で6.7tであり、雄の平均は5.4t、雌の平均は2.7tである。出産直後の幼獣は体重50-150kgである[6]。最大の個体はマハーラージャによって1924年にアッサム州ガロ丘陵で射殺された雄で、体重は7t、体高は3.43m、全長は8.06mであった[33][37][38]。2007年までバルディア国立公園に生息していた「Raja Gaj」という個体は、体高3.4mであった[39][40][41]。体高3.7mの記録もある[32]

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分布と生息地

西はインドから東はボルネオ島まで、北はネパールから南はスマトラ島まで、インド亜大陸東南アジアに分布する。パキスタンでは絶滅している[1]。主に草原熱帯・亜熱帯湿潤広葉樹林、半常緑樹林、湿潤な落葉樹林熱帯及び亜熱帯の乾燥広葉樹林、乾燥した有刺林に生息し、耕作地や二次林、低木林で見られることもある。海抜0mから、標高3,000mを超える場所まで生息する。インド北東部のヒマラヤ山脈では、夏になると一部の標高3,000mを超える場所に現れる[42]

バングラデシュでは1990年代初頭に、チッタゴン丘陵地帯に隔離された個体群がいくつか存在していた[43]マレーシア北部の国立公園で、2頭をGPSを用いて追跡した結果、大半の時間を二次林または伐採された森林で過ごしており、75%の時間を水場から1.5km以内の場所で過ごしていることが明らかになった[44] 中国では2020年時点で300頭が生息し、雲南省南部のシーサンパンナ・タイ族自治州思茅区臨滄市に分布している[45]

2017年時点で、インドには推定27,312頭が生息しており、これはアジアゾウ全体の4分の3を占めている[46]。2019年時点で、インドには推定27,000–29,000頭が生息していた[47][48]。1995年における生息数は、35,490-49,985頭と推定されていた[6]。2019年時点で、アジアゾウ全体の個体数は推定48,323–51,680頭であった[49]

生態と行動

要約
視点
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アジアゾウは大型草食動物であり、大量の植物を食べる
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雌と幼獣は密集した群れを作る

薄明薄暮性である[4]大型草食動物であり、一日に最大150kgの植物を食べる[50]。主にを食べるが、木の枝や、樹皮、根、果実なども食べる[6]。一日のうち約50-75%の時間は食事に費やしている[51]ジェネラリストであり、非選択的採食型英語版選択採食型英語版の両方の型をとる。少なくとも112種の植物を食べ、一般的にはアオイ目が餌となるが、マメ科ヤシ科カヤツリグサ科イネ科も食する[52]乾季には選択採食を行い、涼しい時期には樹皮が食事の大部分を占める[53]。一日に少なくとも一回は水を飲み、水場から遠く離れることは無い[4]。一日に80–200Lの水を必要とし、水浴びにはさらに多くの水が必要となる。土を掘って粘土ミネラルを補給することもある[54][55]。食物を求めて放浪するが、近年では生息地の破壊により季節的な移動でも30 - 40kmに限られる[5][6]

雌と幼獣は群れを作り、雄は青年期になると母親の元を離れる。雄は単独で生活するが、一時的に独身の雄が群れを作ることもある[56]。群れに発情した雌がいる場合は雄も加わる[6]。雌と幼獣の群れは一般的に規模が小さく、おそらく血縁関係にある雌成獣3頭と、その子孫で構成されることが多い[57]。雌成獣15頭が含まれる大規模な群れの記録もある[58]。スリランカのウダワラウェ国立公園では、若い成獣と幼獣を含む17頭から成る、季節的な群れが観察されている。近年までアジアゾウはアフリカゾウのように、年長の雌が群れを統率する家母長制を形成していると考えられていた。しかし実際は個体間の関係は様々であり、その社会構造は幅広く、流動性が高いことが明らかになっている[59]。個体間の社会的な結びつきは、アフリカゾウよりも弱い傾向にある[58]。アフリカゾウは前肢を土を掘るか集めること以外滅多に使わないが、アジアゾウは鼻と肢で物体を巧みに扱う。時には暴力的になる事もある[27]

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ネパール東部で再開するアジアゾウ

基本的に3種類の音を発する。「growl (唸り声)」は基本的に短い距離間でのコミュニケーションに使用される。軽度に興奮した際は、唸り声が鼻腔で反響し、低く鈍い音になる。長距離間でのコミュニケーションにおいては、唸り声は吠え声となる。低い唸り声は超低周波音となり、様々な場面で使用される。「Squeaks (金切り声)」には2種類があり、「Chirping (さえずり)」は複数の短い金切り声で、対立や緊張を示す。「Trumpets (大きな鳴き声)」は長く大きな鳴き声で、強く興奮した際に発せられる。「Snorts (鼻息)」は行動の変化を示し、興奮時には音が大きくなる。強く興奮した際には鼻先を振り、大きな音を発生させることで威嚇する[60]振幅の低い音も聞き分けることが出来る[61]

ベンガルトラは幼獣を襲うことがあり、主に群れからはぐれた個体が狙われる。成獣には天敵がほとんど存在しない。トラが母親と幼獣を襲って殺した記録もあるが、この報告は疑問視されている[62][63] トラがアジアゾウの成獣を殺した事例があり、ジム・コーベット国立公園では、20歳の若い雌が1頭のトラに殺された。カジランガ国立公園では、複数のトラが協力し、28歳の病気になった雄成獣を仕留めた[64][65]。ゾウはトラなどの大型肉食動物と、ヒョウなどの小型肉食動物の鳴き声を区別しており、ヒョウに対しては攻撃的である[66]

繁殖と成長

アジアゾウの繁殖は、フェロモンの産生と検出によって始まる。フェロモンは体液を通じて伝達され、通常尿を通じて分泌されるが、雄では側頭腺からの分泌物にも含まれる[67]。他個体からフェロモンの信号を受け取ると、相手の生殖に関する状態が分かる。両者が繁殖の準備が出来ていた場合、繁殖行動が開始する[68]

雄は発情した雌を巡って争う。ただし激しく争う事は稀である。雄は12–15歳で性成熟し、10-20歳の雄では、一年に一度マスト期英語版と呼ばれる時期が起こる。この期間にはテストステロンの濃度が通常の100倍になり、攻撃的になる。また、眼と耳の中間にある側頭腺から、フェロモンを含む分泌物が分泌される[69]。マスト期の攻撃的な行動は、フロンタリンというフェロモンの量が、成熟によって変動することと関連している。このフェロモンは最初にキクイムシから発見されたが、アジアゾウとアフリカゾウの雄も産生する。尿および側頭腺を通じて排出され、雄はマスト期に尿中のフロンタリン濃度を通じて、雌に自身の生殖状態を伝える[70]

他の哺乳類と同様に、雌のホルモン分泌は発情周期によって調節される。この周期は黄体形成ホルモンの急激な増加によって調節され、3週間ごとに起こる。アフリカゾウも同様の周期をとるが、他の哺乳類への影響は確認されていない。黄体形成ホルモンが最初に急増しても、排卵は起こらない[71]。一部の個体ではこの期間にも交尾行動を示す。雌は性フェロモンによって排卵を知らせ、その主成分は「(Z)-7-dodecen-1-yl acetate」という性フェロモンで、これは多くの昆虫の性フェロモンでもある[72][73]。この物質は昆虫とゾウの両者において交尾を誘発する役割があり、ゾウでは尿を通じて排出され、雄を繁殖へ誘引する。雄は鋤鼻器を通じて化学物質を受け取り、雌の生殖状態を知る[74]

雌雄は体液の嗅覚刺激を通じて、生殖に関する信号を交換する[68]。雄はマスト期にフロンタリンの分泌が増加することで、雌が分泌する性フェロモンへの感受性が高まる[70]。雄が鼻の受容体で性フェロモンを感知すると、生殖行動が始まる。雄の反応は成長段階と気質に左右される[68]。鼻の受容体を通じて信号を受け取り、処理する一連の反応はフレーメン反応と呼ばれる。雄がフェロモンを分泌した雌と繁殖するかどうかは、体の動きによって分かる[75]。繁殖の準備が整った雄は尿に近づき、場合によっては勃起する。繁殖の準備が整っていない場合は距離を置く[68]。化学物質の受け渡しは、繁殖以外でも存在し、同性の間でも起こっている。若い雄がマスト期の雄のフェロモンを感知した場合、攻撃を避けるためにその場を離れる。雌同士は尿中のフェロモンを通じ、コミュニケーションをとることが知られている[68]。フェロモンによるコミュニケーションの目的は未だ不明だが、発情期の各段階で、明確に信号の強さとそれに対する反応が異なることが分かっている[75]

妊娠期間は18–22ヶ月で、通常は1頭の子が生まれ、双子は珍しい。妊娠19ヶ月目には十分に成長するものの、母親が授乳できる大きさに成長するため、子宮内に留まる。出産時の体重は約100kgで、最長で3年間母親から授乳される。雌は子供が離乳するまで再び繁殖しないため、繁殖周期は4-5年となる[76][77]。食物が豊富な場合は2-4年に1回繁殖する[6]。雄は幼獣のうちから、性フェロモンを産生する器官が発達する。鋤鼻器が早期に発達するため、フェロモンを産生し、受容することが可能になっている[78]。ただし幼獣でフレーメン反応が起こる可能性は低い[75]。雌は群れに残るが、雄は成熟すると群れを追い出される[79]

雌は10-15歳で性成熟し、30歳まで成長し続ける。雄は25歳で完全に成熟し、一生を通じて成長し続ける[80][81]。雌は生後17-18年で初産を迎える個体が多い[6]。平均寿命は60年で[4]、80年以上生きた記録もある[82]。一世代の長さは22年である[83]

知能

ブロックを積んで餌を食べる

アジアゾウの大脳新皮質は大きく、高度に発達している。この特徴はヒト類人猿イルカと共通している。現存する陸上生物の中では、認知能力に関連する大脳皮質の体積が最も大きい。研究によれば、アジアゾウは類人猿と同等の道具使用および道具作成能力を持つ[84]。ゾウは悲しみ学習アロマザリング模倣遊び利他的行動道具の使用、思いやり協力自己認識記憶言語に関連した、様々な行動を示す[85]。ゾウは地震津波などの自然災害から、安全な場所に避難するという報告もあるが、2頭のセイロンゾウをGPSで追跡した結果、この報告は誤りである可能性が高いことが明らかになった[86]。ゾウの認知能力と神経解剖学を研究する複数の学者によれば、ゾウは高い知性と自己認識能力を持つ[87][88][89]。しかしこれに反対する見解もある[90][91]

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脅威

要約
視点

生息地の喪失、劣化、分断が脅威となっており、これによって人間とゾウの衝突が増加している。象牙象肉皮革を目的とした密猟も起こっている[1]漢方薬の材料となるため、象牙の需要は高い[92][93]

人間とゾウの衝突

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ウッタル・プラデーシュ州で、焼畑農業のために伐採された森林
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カオヤイ国立公園の道路を歩くゾウ

アジアの一部では、人間とゾウは何千年間も共生してきた[94]。一部地域では人間とゾウの間で衝突が起こり、ゾウが追いやられた場所もある[95]。人間とゾウの衝突の要因としては、人口増加、大規模な開発、不十分なガバナンスが挙げられる。衝突の直接の原因としては、森林伐採による生息地の破壊、ゾウの移動経路の分断、農業の拡大、保護区への違法な侵入が挙げられる[96]

伐採、侵入、焼畑農業移動耕作、単一種の植林によって森林が破壊され、アジアゾウにとって脅威となっている。移動耕作が森林に隣接する地域で行われると、ゾウが作物を荒らすことがあり、人間とゾウの衝突が起こっている。小規模な森林や人間が進出したゾウの生息地、ゾウの移動経路においては、人間の居住区でゾウとの衝突が起こっている[97]。スリランカでの研究によれば、伝統的な焼畑農業は森林の遷移をモザイク状に分布させ、ゾウにとって適した生息地を作り出す可能性がある。断片化された小さな生息地では、人間とゾウの衝突が起こりやすい[98]

インド・バングラデシュ国境にフェンスが設置されることで、ゾウの移動が妨げられている[99] アッサム州では1980年から2003年にかけて、人間とゾウの衝突により、1,150人以上の人間と、370頭以上のゾウが死亡した[97]。2010年の研究によれば、インドだけでも推定で400人以上がゾウによって殺害され、80万-100万haの土地と、50万以上の世帯が被害を受けている[100][101][102]。スリランカでは2010年-2017年の間に平均して年240頭のゾウが殺され、2019年には405頭が殺され、ゾウとの衝突によって死亡した人も121人と、ともに過去最高だった[103]。一年で最大200万-300万ドルの作物を破壊する[104]。これにより地域の福祉と生計、およびアジアゾウの保全に悪影響が及んでいる[96]毒蛇はスリランカではゾウの30倍以上の死者を出しており、ゾウは地域の他の動物と比べて危険度は低いものの、スリランカやバングラデシュでは最も恐れられる野生動物の1つである[105][106]

アジアゾウの行動は洗練されているが、時々予測不可能な行動をする。多くの野生のゾウは人間を避けるが、マスト期の雄や子連れの雌は、不意に脅威を感じた際に突撃してくる可能性がある。銃撃などの威嚇手段は、トラなどの猛獣には有効だが、ゾウに対しては効かないこともあり、その場合はさらに状況を悪化させる。過去に人間に攻撃されたゾウは凶暴化し、人間を襲うようになることもある[107][108][109]

密猟

象牙

1970年代から1980年代にかけて、東アジア象牙の需要が高まった。これによりアジアとアフリカで密猟が増加し、ゾウの個体数は大きく減少した。タイでは未だにゾウと象牙の違法な取引が蔓延している。2001年以降、象牙の見かけ上の販売量は減少しているが、タイの闇市場は世界でも最大かつ最も活発である。タイ産の象牙は未だに市場で取引されており、1992年から1997年にかけて、少なくとも24頭の雄が象牙目的で殺された[110]。1990年代初頭まで、ベトナムの象牙工芸家は、ベトナム及びラオスカンボジア産の象牙を使用していた。1990年以前は観光客も少なく、象牙の需要も小さかったため、国内のゾウで十分であった。しかし経済自由化と観光客の増加により需要が拡大し、密猟が激しくなった[111]。約4,000年前から、牙が象牙細工の原料として利用されており、中華人民共和国では、骨灰が漢方薬になると信じられている[6]

皮革

ゾウの皮は漢方薬や装飾品の材料として利用されてきた。中国の国家林業草原局は、ゾウの皮膚を含む医薬品の製造と販売に関する許可を発行しているため、取引は合法となっている。2010年にはミャンマーで皮を剥がれたゾウ4頭が発見された。2013年には26頭、2016年には61頭のゾウが密猟者によって殺害された。非政府組織エレファント・ファミリー英語版によれば、ミャンマーはゾウの皮の主要な供給元であり、2010年以降は密猟が深刻化しているという[112]

病気

ゾウ血管内皮ヘルペスウイルス英語版(EEHV、ゾウヘルペス)はプロボシウイルス属英語版の1種で、ベータヘルペスウイルス亜科に最も近縁である。2011年時点で、世界の動物園と野生個体を含め、最大70頭がこの病気によって死亡し、特に幼獣が多い[113][114]。ミャンマーでは幼獣の死亡例が複数報告されている[115]。ゾウを最終宿主とする住血吸虫属寄生し、インドサイも宿主である[116]

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保全

ワシントン条約附属書Iに掲載されている[2]。典型的な象徴種で、生息地の保全や啓発活動、文化の象徴として、保全のために活用されている[96][117][118]。保全のためには人口密度が低く、食性が豊かな地域にアジアゾウの移動経路を作ることが重要である[119]

2012年以降、毎年8月12日は世界ゾウの日とされ、アジアゾウが直面している問題についての発信と、人々の関心を深めるためのイベントが開催されている[120]。アメリカの動物園や保護団体は、8月をゾウの啓発月間としている[121]

インドのカルナータカ州には、世界で最も多くのアジアゾウが生息し、その個体数はインド国内の20%を占める。カルナータカ州での分布域は、推定38,310km2である[122]。2013年の研究によれば、西ガーツ山脈には推定10, 000頭が分布し、密猟と生息地の断片化が主な脅威となっており、人間との衝突の増加も懸念されている。保全計画ではゾウの移動経路の設置、雄の密猟からの保護、土地の保護と管理が目的とされている[123]。1992年にはインド政府環境・森林・気候変動省によって、プロジェクト・エレファントが開始された。このプロジェクトはインドゾウとその生息地を保護し、個体群を存続させるための保護区の設立を目的としていた[124]

スリランカにおけるゾウの分布域は、19世紀末から20世紀初頭と比較して、5分の2に減少している。その結果人間とゾウが接触する機会が増加している。2003年の調査では、ゾウは農民にとって害獣であるため、一部の地元住民はゾウの保護に反対したものの、調査参加者の多くはゾウの保護に賛成した[125]

中国では中国国家一級重点保護野生動物に指定されている。雲南省には11個の自然保護区が設立されており、中国全体では約510,000haが保護区とされている。2020年時点で、雲南省には推定300頭が生息していた。保護区付近で人間とゾウの衝突が発生したため、シーサンパンナ・タイ族自治州政府は餌場を作り、バナナを植えることでゾウの生息地を整えた[45]

タイではサラックプラ野生動物保護区チャルーム・ラタナコシン国立公園が保護区域に指定されており、2013年時点で推定250–300頭が生息していた[126]。国立公園では近年になって、不法侵入や過剰な開発が問題となっている[127]。インドでは2020年に、デヒン・パトカイ国立公園内で石炭を採掘する許可の発行が推奨された。この決定に対し、学生や活動家らはオンラインで反対運動を行った[128]

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飼育

要約
視点
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体を揺らす行為は飼育下でのみ観察され、精神疾患と関連している可能性がある

アフリカゾウと比較すると人間に懐きやすく、動物園サーカスで親しまれるほか、宗教的儀式において利用されることもある[5]。世界の動物園のゾウのうち、半数がヨーロッパで飼育されている。動物園での平均寿命は18.9年であり、保護区での平均寿命は41.6年と2倍以上である。幼獣の死亡率は現地の2-3倍で、成獣の死亡率も改善していない。施設の移動はアジアゾウにとってリスクとなり、さらに母親から早期に離乳させることは悪影響を及ぼす。動物園生まれのゾウは死亡率が高く、これは出生前か出生直後に原因がある。生存率低下の原因として、ストレスや肥満がある[129]。飼育下では足に問題があることが多く、運動不足や固く汚い地面が原因であるが、これらの問題は治療によって解決できる。虐待は深刻な障害や死亡に繋がる[130]

北アメリカの飼育下個体群は、個体群を維持できるレベルに達していない。生後1年以内の死亡率は約30%で、妊孕力が極めて低い[131]。1962年-2006年のアメリカとヨーロッパの血統登録を分析すると、飼育下で生まれた349頭のうち、142頭は生後一か月以内に死亡した。主な死因は死産または母親を含む他個体による子殺しであった。ヨーロッパにおいて、死産した個体は雄が多かった[132]

ヨーロッパ動物園及びサーカスにおいて、1902年-1992年の90年間に121頭が誕生、内34頭は1982年-1992年の10年間に誕生している。内48頭は、早産又は母親が原因となった事故等で死亡している。北米の動物園では、1880年-1996年の116年間で104頭が誕生、内34頭が1年以内に死亡している。世界的に、人工飼育下での出産率は0.7%程度と言われている[133]

海外では人工授精での繁殖に成功している。1975年頃から試みが始まり、1999年にはアメリカのディッカーソンパーク動物園で初めて出産に成功した。新生児の体重は171kgで、それまでの新生児の中では最大であった[133]。その後、アメリカ、オーストラリア[134]イギリスチェコイスラエルドイツ、タイ[135]で成功例があり、2008年時点では25例以上の実績がある[133]。繁殖の切り札として期待は大きいが、発情期を特定し、雄からの採精や雌に人工授精するための訓練を必要とするなど、課題も多い[133]

日本での飼育

日本では2020年10月時点で、31施設に雄22頭、雌59頭、合計81頭が飼育されていた[136]。2025年11月現在、32施設に雄23頭、雌63頭、合計86頭が飼育されている[137]。日本では2004年に初めて繁殖に成功した[138]。2025年現在、国内での繁殖は17例ある[139]。日本では、ぞう科(ゾウ科)単位で特定動物に指定されている[140]

ゾウの扱い

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乗り物としての利用

ミャンマーでは野生の幼獣が捕獲され、観光産業で利用するために、タイに違法に輸出される。その後は遊園地などで観光客に披露するため、様々な芸を訓練させられる[110]。訓練の過程では監禁や飢え、殴打によって3分の2の個体が死亡する可能性がある[141]。ゾウの調教師はゾウを睡眠不足、空腹、脱水状態にし、服従させることがある。また、ゾウの耳や足に釘を打つこともある[142]

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文化

タイラオス国獣である[143][144]。インドでは国の遺産動物に指定されている[145]インダス文明の遺跡であるモヘンジョダロから骨が発見されており、当時から労働力として利用されていたと考えられる。また粘土で作られた印章から、装飾を付けられていたことも明らかになっている[146]。南アジアでは歴史的に、攻城兵器、戦場での乗り物、ステータスシンボル使役動物、狩猟時の乗り物として利用されてきた[147]

野生個体が捕獲され、人間の利用の為に調教されてきた。音程、旋律、言葉を記憶し、20種類以上の口頭での指示を認識することが出来る[148]。指示に従って重いものを運ぶことが出来るため、ジャングルで木材を運搬するために用いられてきた。その他にも戦争や儀式に利用されてきた[149]。ミャンマーのカチン独立軍は現在もゾウを利用しており、約50頭が物資の運搬などを行っている[150]

パンチャタントラジャータカに頻繁に登場し、インド亜大陸やその周辺の文化にとっては重要な存在である。ヒンドゥー教においてはガネーシャの頭部がゾウとなっており、寺院ではゾウによる祝福が高く評価されている。特別な衣装を着て、行列に参加することもある[151]。地域によっては、白変個体が神聖化されることもある[6]

インドでは複数の写本や論文に登場し、例えば有名な『象遊戯英語版[152]』には、ゾウの行動や生活が記されている[151]。『Hastividyarnava』には、アッサム州でのゾウの管理や世話について記されている[153]。ミャンマーとタイでは水曜日の、スリランカでは月曜日の守護動物である[154][155]。中国南部のタイ族の間では、十二支の12番目がゾウとなっている[156]

中国では、古くは甲骨文字に、野生のゾウを狩猟したりそれを祭礼の犠牲として用いたりした記録が残されている[157][158][159]。また、「象」という漢字は実際のゾウの姿を象った象形文字である[160][161][162]

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出典

参考文献

関連項目

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