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アタランタBC
イタリアのサッカークラブ ウィキペディアから
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アタランタ・ベルガマスカ・カルチョ(Atalanta Bergamasca Calcio)は、イタリアのロンバルディア州ベルガモを本拠地とするサッカークラブである。チーム名のアタランタとはギリシア神話のアタランテーのこと。

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歴史
要約
視点
レストランでの会合がきっかけとなって、1907年10月17日、ジノとフェルッチョのアマティ兄弟、エウジェニオ・エリオ、ジョバンニ・ロベルティ、アレッサンドロ・フォルリニの5人の男達によって創設された。この頃のユニフォームの配色は白と黒。戦争などの中断期間を経た後、1920年の全国選手権はベルガモから出場できるのは1チームだけという規定があったので同じ市内のライバルチームであるベルガマスカとブレシアで試合をおこない2-0と破った後、4月4日にベルガマスカと合併。この時にユニフォームの配色がアタランタの黒とベルガマスカの青を組み合わせて青黒になった[1]。
定評ある選手育成においては、ロベルト・ドナドーニ、ドメニコ・モルフェオら、数々の優秀な選手を輩出している。ビッグクラブで出場機会の少ない有望な若手などの有力な(レンタル)移籍先ともなっている。フィリッポ・インザーギが得点王を獲得し、スターダムへ駆け昇るきっかけとなったクラブでもある。またマルチェロ・リッピ、チェーザレ・プランデッリ、フランチェスコ・グイドリンなど優れた指導者を輩出するクラブでもある。1999年から2003年まで、下部組織からチーム作りに携わってきたジョヴァンニ・ヴァヴァッソーリが監督を務めた。2004-05シーズンにアンドレア・マンドルリーニの下でセリエAに昇格したが、同シーズン終了時に降格となった。
2006-07シーズンはセリエA昇格1年目ながら8位に食い込んだ。2007年夏には昇格と残留の立役者であるステファノ・コラントゥオーノ監督がUSチッタ・ディ・パレルモに引き抜かれ、ルイジ・デルネーリ監督を招聘した。財政難からDFシモーネ・ロリア、MFジュリオ・ミリアッチョ、FWニコラ・ヴェントラなどの主力選手を手放すこととなったが、司令塔のクリスティアーノ・ドニの引き留めに成功した。最終ラインを高く保ち、ボールを素早くつなぐカウンターで9位に入り、難なく残留を決めた。
2008年夏にはDFモリス・カロッツィエーリやFWアントニオ・ランジェッラなどの主力を売却し、その穴埋めとしてMFハイメ・バルデスやFWクリスティアン・ビエリを移籍金なしで獲得した。さらにMFルカ・チガリーニ、MFアレッシオ・チェルチなど期待の若手も加え、フロントの優秀さを際立たせることとなった。
2008-09シーズンはFWセルジオ・フロッカリがキャリア初の二桁得点を記録し、36歳になったクリスティアーノ・ドニが9得点5アシストの活躍を見せ、11位でシーズンを終えた。
2009年夏にはエースのセルジオ・フロッカリとプレーメーカーのルカ・チガリーニを合わせて約32億円で売却したが、その1/4程度の値段でFWロベルト・アクアフレスカ、MFエドガル・バレットを獲得して穴を埋めた。サンプドリア監督に転身したルイジ・デルネーリ監督に代わってアンジェロ・グレグッチ監督が就任したが、前回のセリエA挑戦(2005年、USレッチェ)の際は5試合で解任されているため、手腕を疑問視する声もあった。開幕から不振が続いたため、9月21日にグレグッチ監督を解任し、アントニオ・コンテ監督を招聘した。しかしコンテはチームを立て直すことが出来ず、2010年1月7日に辞任。1月11日、ボルトロ・ムッティが新監督に任命されたものの、18位でセリエB降格となった。
コラントゥオーノ監督が復帰した2010-11シーズンは、セリエBで優勝し1年でセリエA復帰を決めた。2011-12シーズンは2011年8月9日、下部リーグの八百長に関与したとして、勝ち点が6減点され、キャプテンのクリスティアーノ・ドニに3年半の出場停止処分が下された[2]。しかし最初の3試合で勝ち点7を獲得し、ペナルティを早々に帳消しにした。最終的には12位に入り、難なく残留を決めた。八百長スキャンダルの影響でやはり勝ち点減点2からのスタートとなった翌2012-13シーズンも、代表に初招集されたジャコモ・ボナヴェントゥーラの活躍もあり、序盤戦でACミランやインテルを撃破。15位で2年連続のセリエA残留を果たした。
以降はセリエA定着と中位を目指すシーズンが続いていたが、2016年に就任したジャン・ピエロ・ガスペリーニが3バックを軸に対戦相手によって中盤と攻撃陣を柔軟に変化させるシステムを採用し[3]、快進撃を披露。さらにロベルト・ガリアルディーニ、マッティア・カルダーラ、レオナルド・スピナッツォーラ、アンドレア・コンティなど下部組織出身を含む多くの若手選手が台頭した。2018-19シーズンはサパタが23ゴール、イリチッチが13ゴールとツートップが好調を維持し、冬の移籍市場で選手の引き抜きにあいながらもナポリ、インテル、ASローマなどの上位陣を撃破。クラブ史上最高となる3位でシーズンを終え、クラブ史上初となるUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。
2019-20シーズン、UEFAチャンピオンズリーグでは3連敗でスタートしたが、その後は勝ち点を重ね大逆転で決勝トーナメントに進出、決勝トーナメント1回戦のバレンシアCF戦ではファーストレグを4-1、セカンドレグではイリチッチが4ゴールを挙げ4-3とそれぞれ勝利、2戦合計8-4としクラブ史上初の準々決勝に進出した[4]。一発勝負となった準々決勝では、パリSGを相手に90分までリードするも、その後2得点を許しベスト8で敗退した[5]。
2020-21シーズン、12月頃にキャプテンのパプ・ゴメスとガスペリーニ監督との不仲が表面化。ゴメスは冬の移籍市場でセビージャFCに放出された。
2021-22シーズン、主力選手のGKピエルルイジ・ゴッリーニとDFクリスティアン・ロメロの両名がトッテナム・ホットスパーFCに移籍。ウディネーゼからGKフアン・ムッソ、ユヴェントスからDFメリフ・デミラルの両名を獲得してその穴を埋めた。しかし、パプ・ゴメスという大黒柱を失ったアタランタは当時パフォーマンスが低調気味だったイリチッチに復調を期待したが全盛期のようなプレーはできずチームは8位でそのシーズンを終えた。
22−23シーズン、ホイルンドやルックマン、エデルソンなど積極的補強でチーム全体の復調を図ったガスペリーニ。
2023-24シーズンは、UEFAヨーロッパリーグ決勝で公式戦51戦無敗だったレヴァークーゼンを3-0で破り、クラブ初の欧州タイトルを獲得した[6]。
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タイトル
国内タイトル
国際タイトル
- UEFAヨーロッパリーグ:1回
- 2023-24
過去の成績
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記録
欧州の成績
1963-2000
2000-
欧州での記録
- 2022年4月14日現在
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現所属メンバー
要約
視点
- 2024-25シーズン 開幕フォーメーション(3-4-1-2)
- 2025年2月3日現在[7]
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
※括弧内の国旗はその他の保有国籍を、星印はEU圏外選手を示す。
レンタル移籍
- in
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
- out
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
スタッフ
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歴代監督
ネド・ソネッティ 1993-1987
エミリアーノ・モンドニコ 1987-1990
マルチェロ・リッピ 1992-1993
フランチェスコ・グイドリン 1993
チェーザレ・プランデッリ 1993-1994
エミリアーノ・モンドニコ 1994-1998
ボルトロ・ムッティ 1998-1999, 2010.1-5
ジョヴァンニ・ヴァヴァッソーリ 1999-2003
アンドレア・マンドルリーニ 2003-2004
デリオ・ロッシ 2004.12-2005
ステファノ・コラントゥオーノ 2005-2007
ルイジ・デルネーリ 2007-2009
アンジェロ・グレグッチ 2009.6-9
アントニオ・コンテ 2009.9-2010.1
ワルテル・ボナチーナ 2010.1
ステファノ・コラントゥオーノ 2010-2015.3
エドアルド・レヤ 2015.3-2016.6
ジャン・ピエロ・ガスペリーニ 2016.6-
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歴代所属選手
→詳細は「Category:アタランタBCの選手」を参照
GK
ファブリツィオ・フェロン (1988-1996)
マッシモ・タイービ (2001-05)
エトリト・ベリシャ (2016-17, 2017-20)
DF
ガエターノ・シレア (1972-74)
アントニオ・カブリーニ (1975-76)
セルジオ・ポッリーニ (1988-93)
パオロ・モンテーロ (1992-96)
ダミアーノ・ゼノーニ (1994-96, 1997-05)
ホセ・オスカル・エレーラ (1995-96)
アントニオ・パガニン (1995-96)
マッシモ・カレーラ (1996-2003)
ルチアーノ・ザウリ (1996-97, 1998-2003)
ゾラン・ミルコヴィッチ (1996-98)
クリスティアン・ゼノーニ (1997-01)
マッシモ・パガニン (2000-2002)
ルイージ・サーラ (2001-2005)
グリエルモ・ステンダルド
アブドゥレイ・コンコ
ブカリ・ドラメ
アンドレア・マジエッロ
ウルビー・エマヌエルソン
エルヴィン・ズカノヴィッチ
レオナルド・スピナッツォーラ (2014-15, 2016-18)
アリ・アドナン
アンドレア・コンティ
ジャンルカ・マンチーニ (2017-19)
ホセ・ルイス・パロミノ (2017-24)
ハンス・ハテブール (2017.1-24)
ダヴィデ・ザッパコスタ (2011-12, 2014-15, 2021-)
アレッサンドロ・バストーニ (2016-17, 2017-18)
シモン・ケアー (2019-20)
クリスティアン・ロメロ (2020-22)
MF
オッタヴィオ・ビアンキ (1971-73)
ロベルト・ドナドーニ (1982-96)
アレモン (1992-94)
アレッシオ・タッキナルディ (1992-94)
ドメニコ・モルフェオ (1992-97)
フランク・ソゼー (1993-94)
トーマス・ロカテッリ (1994-95)
ジャンルイジ・レンティーニ (1996-97)
クリスティアーノ・ドニ (1998-03, 2006-12)
リッカルド・モントリーヴォ (2003-05)
デメトリオ・アルベルティーニ (2004)
ジャコモ・ボナヴェントゥーラ (2007-14)
コスティーニャ
クリスティアン・ライモンディ
ジュリオ・ミリアッチョ
カルロス・カルモナ
マルセロ・エスティガリビア
ヤスミン・クルティッチ
マルコ・ダレッサンドロ
エミリアーノ・リゴーニ
ロベルト・ガリアルディーニ
ブライアン・クリスタンテ
アルベルト・グラッシ
アルカディウシュ・レツァ
パプ・ゴメス (2014-21)
マルテン・デ・ローン (2015-16, 2017-)
フランク・ケシエ (2016-17)
ジョアン・シミッチ (2017)
デヤン・クルゼフスキ (2018-20)
アレッサンドロ・ディアマンティ (2016)
マルテン・デ・ローン (2017-)
ロビン・ゴセンス (2017-2022)
ルスラン・マリノフスキー (2019-2023.1)
アレクセイ・ミランチュク (2020-22, 2023-24)
トゥーン・コープマイネルス (2021-24)
FW
ジュゼッペ・メアッツァ (1945-46)
トレヴァー・フランシス (1986-87)
クラウディオ・カニーヒア (1989-92, 1999-00)
マウリツィオ・ガンツ (1992-95)
ロベルト・ランヴァウディ (1992-94)
クリスティアン・ヴィエリ (1995-96)
フィリッポ・インザーギ (1996-97)
フェデリコ・マガジャネス (1996-98)
ニコラ・ヴェントラ (2000-01, 2005-07)
ジャンパオロ・パッツィーニ (2003-05)
シモーネ・インザーギ (2007-08)
アレッシオ・チェルチ (2008-09)
アントニー・ムニエ
アルベルト・パロスキ
アレクサンダル・ペシッチ
アンドレアス・コルネリウス
アンドレア・ペターニャ
リッカルド・オルソリーニ
ブリアン・カベサス
マルコ・トゥミネッロ
マウリシオ・ピニージャ (2015-16)
ヨシップ・イリチッチ (2017-22)
ドゥバン・サパタ (2018-2023)
ルイス・ムリエル (2019-2024.2)
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サポーター
オーストリア・ブンデスリーガのFCヴァッカー・インスブルックのサポーターズクラブと友好関係を結んでおり、定期的に交流が行われている。
脚注
外部リンク
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