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マーク・カヴェンディッシュ

イギリスの自転車競技選手 (1985-) ウィキペディアから

マーク・カヴェンディッシュ
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マーク・カヴェンディッシュMark Cavendish KBE1985年5月21日- )は、イギリス王室属国マン島ダグラス出身の自転車競技選手[1]。その圧倒的なスプリントから、マン島ミサイル(Manx Missile)、マン島超特急 (Manx Express) やキャノンボール (Cannonball) の異名を持つスプリンター 。姓は「カベンディッシュ」や「キャヴェンディッシュ」といった表記もみられる。

概要 マーク・カヴェンディッシュMark Cavendish, 基本情報 ...
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経歴

要約
視点

2005年

2006年

2007年

T-モバイル(後のチーム・HTC - ハイロード)とプロ契約を結ぶ。

2008年

2009年

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最多勝集団となったコロンビア=HTCの中でも最多勝の26勝をマークし、年間を通じて大活躍を納めた。

2010年

2011年

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2012年

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ツール・ド・フランス2012にて

チームスカイへ移籍。

2013年

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オメガファーマ・クイックステップへ移籍(契約は前年10月)。

2014年

2015年

2016年

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パリ~ルーべ2016にて

チーム・ディメンションデータへ移籍。

2017年

  • アブダビ・ツアー ポイント賞(第1ステージ優勝)
  • ツール・ド・フランス
    • 第4ステージでのスプリント中にペーター・サガンと接触し落車。第5ステージに出走せずリタイアした。以降、この件を巡りサガンとの間に確執が発生、最終的には法廷闘争にまで持ち込まれた。これに端を発し、翌年以降も幾度となく落車でのリタイアに見舞われる事になった。

2018年

  • ドバイ・ツアーにて昨年の怪我からの復活勝利を挙げた[9]が、この後相次ぐ落車に見舞われ、最終的にはこの1勝のみに留まった。
  • アブダビツアー第1ステージでスタート前のパレード走行中に落車。ニュートラル走行だった為、軽傷で済んだが脳震盪の症状が見られた為に大事を取ってリタイア。
  • 復帰レースとなったティレノ〜アドリアティコ第1ステージにてチームタイムトライアル中に落車。その後何とか完走したがタイムアウトでリタイア扱いとなる。
  • ワンデイレースのミラノ〜サンレモで復帰したが、中央分離帯に激突、空中をほぼ1回転するような形で地面に激突し落車リタイア。
  • アドリアティカ・イオニカレース第5ステージにて久々に最後のスプリントに絡み2位となった。

2019年

  • ブエルタ・ア・サンフアンでレース復帰したが見せ場なく0勝で終わる。
  • パリ~ニースでは激しい横風に煽られ落車リタイア。
  • 数年前より患っていた慢性活動性EBウイルス感染症(通称:キス病)が完治したと発表。しかしツール・ド・フランスのメンバーからは外れた。
  • ツアー・オブ・ターキー第3ステージで3位となる。
  • ポローニュ第1ステージでまたも落車、軽傷で済み第3ステージでは6位となるも、苦手な山岳ステージが増える第6ステージ以降は棄権しリタイア扱いとなる。
  • ロードレースヨーロッパ選手権イギリス代表に選ばれる。
  • 長年、カヴェンティッシュのアシスト役だったマーク・レンショーが今シーズン限りでの引退を表明したのを機に、2020年よりバーレーン・マクラーレンへ移籍する事となった。

2021年

  • 古巣のドゥクーニンク・クイックステップに移籍
  • ツアー・オブ・ターキー第2ステージで3年ぶりの勝利を挙げた。
  • ツール・ド・フランス
    • ステージ4勝 (第4、6、10、13)
    • 第4ステージでツール・ド・フランスにおける5年ぶりの勝利を挙げた。
    • 第13ステージの勝利でツール・ド・フランス、ステージ最多優勝の34勝に並んだ。
    • 6年ぶりに完走し、2011年以来2度目となるポイント賞を獲得した。
  • ヘント6日間レースで落車。肋骨2本の骨折と気胸の負傷[10]

2022年

  • イギリスの旗 イギリス選手権 個人ロードレースで2013年以来9年振り2回目の優勝。

2023年

2024年

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特徴

身長175cmと他のスプリンターと比べるとやや小柄(そのため「リトルカウボーイ」という渾名もある。ただし、ロビー・マキュアンオスカル・フレイレ(共に身長171cm)などさらに小柄なトップスプリンターも存在する)。だが、トラック競技で培った巧みな位置取りと、独特の「揺すらないダンシング」とひときわ深い前傾姿勢による爆発的な加速力に加え、マディソン出身のためロングスプリントにも強いという特徴を併せ持っている。

一方でトラック選手の宿命なのか、上り勾配気味のスプリントでは持ち味の加速力を発揮できなかったり、難易度の低い山岳コースでも大きく立ち遅れてしまうケースもあるなど(2008年のツール・ド・フランスの第14ステージでは、4級山岳で遅れ最下位になってしまった)、上りを極端に苦手としている。

2009年からチーム・コロンビア=HTCとアドバイザリー契約を結んだエリック・ツァベルの指導を受けて、山岳への対応を目指した(2009年のツール・ド・フランス第11ステージでは、上り勾配気味のスプリントを制したり、同じく第19ステージではレース終盤の2級山岳でメイン集団から遅れずにステージ優勝するなど成果が出つつある)。

ハイロードの優秀なアシスト陣にも助けられ、ハイロードトレインからこれぞというタイミングで撃ち出されることから、カヴェンディッシュ砲台と恐れられており、多くの選手に「ピュアなスプリントでは勝てる気がしない」と言われるほどの瞬発力で、2005年から周りを粉砕しつづけている。そしてハイロードトレインのサポートが無くともトラックレースで養った位置取りと天性のカンで、どのトレインに便乗すれば勝てるのかという判断も巧みで、ロード転向初年度やツール・ド・フランス2010の第11ステージ後に最終アシストのマーク・レンショーが失格となったのにもかかわらず、そこからサーヴェロやランプレのトレインにいわゆる無賃乗車というスタイルに切り替えても連勝。特に第20ステージでは2位のペタッキに対し5車身という圧倒的な差をトレイン無しで作り出していた。

機材的な特徴では、ダンシング時の引きつけのパワーに耐えるため、ステムを極太のトラックレース用カーボンステム、ハンドルもトラックレース用をモデルとしたアルミハンドルを使っている。

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主な戦績

トラックレース

オリンピック
世界選手権自転車競技大会
コモンウェルスゲームズ
欧州選手権
国内選手権

ロードレース

2005

2006

  • ツアー・オブ・ブリテン
    • ポイント賞
  • ツール・ド・ベルリン
    • 総合2位
    • 第3b,4ステージ 優勝

2007

2008

2009

2010

2011

2012

2013

2014

2015

2016

2017年

2018年

2021年

2022年

2023年

2024年

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脚注

参考文献

外部リンク

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