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内田昂輔
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
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内田 昂輔(うちだ こうすけ、1987年10月2日 - )は京都府京都市出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。本名は山崎 昂輔(やまざき こうすけ)[1] で登録名も一時山崎姓に変更していたが[2]、現在は再び内田姓に戻している[3]。
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来歴
2010年、立命館大学より大分トリニータに加入[4]。元々のポジションは左サイドハーフだが、2010年は大分に同じポジションのキム・ボギョンがいたため、左SBとしてもプレーした。翌2011年は公式戦出場無しに終わり契約満了となり退団。2012年より、FC琉球へ完全移籍[5]。
2013年2月に伊藤健史と共にモンテネグロ・プルヴァ・ツルノゴルスカ・フドバルスカ・リーガのOFKグルバリ・ラダノヴィチに加入した[6]。
同年2部リーグのFKボケリ・コトルにレンタル移籍をしたが、13/14シーズンの開幕を前にオーストリア4部リーグドイチェランドバーグSCへ移籍。しかし、急遽帰国し、同年11月に関西サッカーリーグ2部の京都紫光サッカークラブに移籍。
2016年より、バーレーンのブダイヤクラブに移籍し、同国初の日本人選手となる[7]。
2017年、インドネシア1部のプルセラ・ラモンガンに移籍[8]。
2018年1月、ミャンマーのヤンゴン・ユナイテッドFCに移籍[9]。
2019年8月、インドネシア1部のバリト・プトラに移籍するも[10]、同年限りで退団。その後は所属クラブが決まらずにいた[11]。
2020年12月、2021年シーズンよりカンボジア・シェムリアップ州に本拠地を置くアンコールタイガーFCへの加入が発表された[12]。
2022年はインドの2クラブでプレーし、同年末に現役引退。2023年2月から追手門学院大学サッカー部監督に就任[13]。
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所属クラブ
- 2000年 - 2002年 京都紫光サッカークラブ
- 2003年 - 2005年 滝川第二高等学校
- 2006年 - 2009年 立命館大学
- 2010年 - 2011年
大分トリニータ - 2012年
FC琉球 - 2013年 - 2013年6月
OFKグルバリ・ラダノヴィチ
- 2013年7月
FKボケリ・コトル(レンタル移籍)
- 2013年7月
- 2013年7月 - 10月
ドイチェランドバーグSC - 2013年11月 - 2014年3月
京都紫光サッカークラブ - 2014年4月 - 2015年
ラオ・ランサーン・イントラFC/ランサーン・ユナイテッドFC - 2016年 - 2017年
ブダイヤクラブ - 2017年
ペルセラ・ラモンガン - 2018年 - 2019年
ヤンゴン・ユナイテッドFC - 2019年
バリト・プトラ - 2021年
アンコールタイガーFC - 2022年3月 - 7月
デリーFC - 2022年8月 - 12月
スデバ・デリーFC
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個人成績
脚注
関連項目
外部リンク
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