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出羽の洲聖

元大相撲力士 ウィキペディアから

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出羽の洲 聖(でわのしま ひじり、1962年11月3日 - 2021年10月9日)は、東京都新島本村(現:新島村)出身で出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は前田 聖(まえだ ひじり)。身長189cm、体重150kg。最高位は東十両7枚目(1982年11月場所)。得意技は右四つ、寄り、突き。

人物

小学校5年生の時から勧誘され、中学校を卒業する時には身長が180cmに達していた。進路決定の締め切り日まで悩んだ挙げ句に「力士になる」と両親に告げて入門し、1978年3月場所に出羽海部屋から初土俵。同期生には横綱大乃国幕下付出デビューの大関朝潮関脇水戸泉小結琴稲妻幕内起利錦若瀬川などがいる。入門時より期待され、18歳で十両に昇進した同期生の若瀬川とは親友であった。1982年9月場所に19歳で十両に昇進し9勝6敗と勝ち越す。「幕内は間違いなし、末は大関」と将来を嘱望された。しかし、翌1982年11月場所に自己最高位で3勝12敗と大敗してからは幕下生活が長く続き、その間3度の幕下優勝を飾るものの、十両復帰を果たせないでいた。1988年5月場所に33場所振りに十両へ復帰。十両復帰後は連続して5場所務めたが、1989年1月場所に1勝14敗の大敗を喫し再度幕下に陥落。陥落場所の1989年3月場所は4勝3敗と勝ち越したものの、場所後に心臓疾患が見つかった。そのため翌1989年5月場所を全休しそのまま26歳で廃業した。突っ張りがあり、右四つからの寄りは出足も鋭く特に稽古場では強かったが、顎が上がるのと叩く癖があり、大成できなかった[1]

引退後は交通関係の会社に勤務するなどしたが、2度目の心筋梗塞で倒れて以降は療養生活が続き、晩年は膵臓癌が全身に転移していたという[2]2021年10月9日に千葉県内の病院で死去[2]58歳没

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エピソード

  • 同じ出羽海部屋の弟弟子である小結小城錦取的時代の一時期「小城ノ洲(おぎのしま)」と名乗っていたが、小城ノ洲の「洲」は出羽の洲本人の四股名が由来。

主な成績

  • 生涯成績:270勝233敗22休 勝率.537
  • 十両成績:43勝62敗 勝率.410
  • 現役在位:68場所
  • 十両在位:7場所
  • 各段優勝
    • 幕下優勝:3回(1985年1月場所、同年9月場所、1987年1月場所)

場所別成績

さらに見る 一月場所 初場所(東京), 三月場所 春場所(大阪) ...
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改名歴

  • 出羽の洲 聖(でわのしま ひじり)1978年3月場所 - 1989年5月場所

脚注

関連項目

外部リンク

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