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堀河康胤

江戸時代前期の公卿。従二位・権中納言。堀河家の祖・初代 ウィキペディアから

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堀河 康胤(ほりかわ やすたね)は、江戸時代前期の公卿右兵衛督堀河親具の子。官位従二位権中納言

概要 凡例堀河康胤, 時代 ...

経歴

祖父の高倉永家から分かれた父の親具からさらに分かれて堀河家を起こした。慶長7年(1602年)に叙爵。元和5年(1619年)、後水尾天皇側近としておよつ御寮人事件に連座し中御門宣衡土御門久脩と共に出仕停止となった。その後は侍従左兵衛権佐・左近衛少将・左近衛中将などを歴任。寛永7年(1630年)に従三位となり、公卿に列した。

左衛門督参議踏歌節会外弁を経て、寛文3年(1663年)権中納言に叙任されたが、同年に辞職して72歳で出家した。

系譜

  • 妻:不詳
    • 男子:堀河信親
    • 男子:堀河則康
    • 女子:樋口信康正室

関連項目

先代
堀河親具
堀河家
2代
次代
堀河信親
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