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志垣良
日本のサッカー選手、監督 ウィキペディアから
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志垣 良(しがきりょう、1980年5月9日 - )は、福岡県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
来歴
小学校1年からサッカーを始め、東福岡高校卒業後、イングランドへ渡った。高校時代の同級生には宮原裕司、金古聖司、千代反田充、富永康博らがいる。
2004年にBritish Councilが選んだイギリスに留学する生徒を対象とするInternational student awardsを受賞。2005年にリヴァプール・ジョン・ムーア大学サッカー科学学科卒業。留学中は、フットボールリーグ1(3部に相当)に所属するトレンメア・ローヴァーズFCの下部組織とマンチェスター・ユナイテッドFCのサッカースクールなどでコーチを務めた。
2006年より名古屋グランパスでコーチ兼通訳を務めるが、セフ・フェルホーセン監督らと共に2007年シーズン終了後退団。2008年に入ってからはオランダに渡りPSVアイントホーフェンで研修をスタートし、エールディヴィジ2007-2008シーズン終了後に帰国。ジェフユナイテッド千葉でアレックス・ミラーの通訳を短期間務めた後に、5月よりアビスパ福岡のテクニカルスタッフとなったが、1シーズンを持って退団を自身のブログで発表。2009年より大分トリニータU-15にて指揮を執る。
2013年から、ガイナーレ鳥取のコーチに就任[1]。同年シーズン終了後に退任[2]。
2014年より、ジュビロ磐田のテクニカルスタッフに就任[3]。
2015年より、ジュビロ磐田U-18のコーチに就任。
2019年、鳥取のヘッドコーチに就任[4]。2020年シーズン終了後に退任[5]。
2022年6月13日、ヴァンラーレ八戸の監督に就任[7]。同年6月19日の対AC長野パルセイロ戦から指揮を執った。
2023年、J3リーグ初年度のチームで、第4、5節には19位まで沈んだものの、その後第26節終了時にはJ2リーグ昇格圏内の2位にまで躍進させた。J3リーグ最終節を控えた同年12月1日、翌年からJ2リーグレノファ山口FCの監督に就任することが発表された[9]。
山口1年目の2024年シーズンは8月までは昇格プレーオフ圏内をキープし続け、終盤に失速したものの前年まで下位が定位置のチームを躍進させた。しかし翌2025年シーズンは一転して残留争いを強いられ、6月24日に山口との契約解除が発表され、監督解任となった[10]。
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所属クラブ
- 1996年 - 1999年
東福岡高等学校
- 1999年6月 - 2000年5月
ソリフル・バラFC
- 2000年8月 - 2001年5月
レーシングクラブ・ウォリックFC
指導歴
- 2001年8月 - 2003年5月
サウスポートFC コーチ
- 2003年8月 - 2005年5月
トレンメア・ローヴァーズFC 育成部コーチ
- 2004年8月 - 2005年8月
マンチェスター・ユナイテッドFC サッカースクールコーチ
- 2006年 - 2007年
名古屋グランパス コーチ兼通訳
- 2008年 - 2009年
アビスパ福岡 テクニカルコーチ
- 2009年 - 2010年
大分トリニータ 育成部コーチ
- 2010年 - 2012年
ジェフユナイテッド千葉
- 2010年 強化部
- 2011年 - 2012年 コーチ
- 2013年
ガイナーレ鳥取 コーチ
- 2014年 - 2016年
ジュビロ磐田
- 2014年 テクニカルスタッフ
- 2015年 - 2016年 ユースコーチ
- 2017年
シンガポール スポーツスクール U-14 監督
- 2018年
U-16シンガポール代表 監督
- 2019年 - 2020年
ガイナーレ鳥取 ヘッドコーチ
- 2021年
京都サンガF.C. U-18監督
- 2022年
BGパトゥム・ユナイテッドFC コーチ
- 2022年6月 - 同年11月
ヴァンラーレ八戸 監督
- 2023年
FC大阪 監督
- 2024年 - 2025年6月
レノファ山口FC 監督
監督成績
- 2022年は6月から指揮。順位はシーズン最終順位。
- 2025年は退任時点での成績。
ライセンス
- FAコーチングライセンス レベル2 (2000年)
- FAコーチングライセンス レベル3 (2002年)
- JFA Bライセンス (2008年)
- JFA Aライセンス(2012年)
- JFA Proライセンス(2018年)
脚注
関連項目
外部リンク
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